102_その後

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✶✶✶惣一✶✶✶  アイスショーに合わせて、チェリーは動画配信サイトに、公式チャンネルを開設していた。  アイスショーの翌日、期間限定で美馬の新『仮面舞踏会よりワルツ』を配信し、彼の衣装の裏話をアップすると、10万再生を突破。  SNSで広がり、一週間後には30万再生数を超え、今なお再生数を増やしている。  引退後、表立って活動をしていなかったことを考えると、美馬への関心は高いと言わざるを得ない。  しかしバズったのは、そこではない。  美馬と惣一のキスシーンだった。  SNSに様々な角度の動画や画像がアップされている。昭明や衣装の関係で、まるで映画のワンシーンのようだと評判になっていたのだ。  祖父は卒倒しかけたが、惣一はそれらの動画が気に入っていた。  世界中に美馬が誰のものか知らしめることができて、満足だ。  が、気は抜けない。  あれがパフォーマンスだと思っている者も多いらしいからだ。  美馬は演技にのめり込みタイプで、玲花とのペアのときも、演技中は恋しているように見えていた。  もっと美馬との関係を見せつけてやろう。 ✶✶✶相田✶✶✶  クラブには、美馬への取材依頼が殺到していた。  複数の出版社からは写真集の依頼や、海外からの招待もある。プロスケーターとして、事実上デビューを済ませたからだ。モデルや広告企画も持ち込まれている。  美馬は収益のためならと、できるだけ引き受ける方向だが、それに待ったをかけているのは伊織惣一だ。  嫉妬剥き出しにして、 「俺の先輩をその他大勢とは共有しない!」  と、怒鳴っていた。  伊織の気持ちもわからなくはない。  美馬遊人は超絶美形である。誰も否定しない。  氷上で艶やかな黒髪を乱しながら陶酔した流し目を向けられたときのエロさは格別で、うっかり惚れそうになる。10代のころの尖った空気が削れて、可愛らしい色気がだだ漏れなのだ。  相田はロッカールームで着替えを終えると、いつもの時間にリンクへ出た。  するとそこにはクラブのリンク用コートを着た伊織がいた。彼は青年実業家で、IORIグループ子会社IORIアリーナの取締役であり、チェリークラブの責任者でもある。  平日の午後だというのに、リンクにいる。  彼は最近髪型を変えた。サイドを短く刈り上げて、前髪もベリーショートだ。若々しい感じになって、美馬とお揃いのピアスをしている。美馬にピアスの穴を開けさせたのだ。  どうやら真木准に対する対抗意識らしい。  真木はシングルのトップスケーターだ。アニメから抜け出したようだと評されるイケメンで、ファンを増やしているところだ。 「懲りないやつだな」  伊織がむっとしている。  一緒にいるのは真木だ。 「俺の方が断然若いんで。社長には負けません」 「はっ、色気もねぇガキが」 「俺の色気は、センパイにだけ伝わればいいです。いずれ悩殺しますから」 「ふふふ。俺はもう先輩なんて呼ぶのはやめた。遊人さん、だ。羨ましいだろう」 「別に羨ましくありません。センパイは俺の専属コーチですから。社長より会ってる時間が長いんですよ。手取り足取り、あれやこれやで、指導を受けてんですよ。羨ましいでしょう~」 「手取り足取りなんか甘いな。俺なんか×××××××××で××××××」 「俺だって、美馬センパイの唇の弾力知ってるし、匂いとか嗅ぎまくりです」 「なんだと!!!! 俺なんて×××××××の×××××××××××だ」  二人の不毛な言い争いが続く。このところ顔を合わせる度にこれだ。  美馬は片隅で、スケート靴の紐を意味もなく直している。何度締め直したら気が済むのか。二人に関わらないようにしているのだろう。  真木チームがチェリーに移って1ヵ月になる。  美馬は最初、コーチを断ったが、真木がここまでやって来て、土下座して頼んだのだ。  何があったのか、泣いて謝り、許しを請うていた。  そうなると、断りきれないのが美馬だ。  真木のホームリンクは千葉にあったが、チェリーSCのほうがモダンで、設備も名門クラブのように充実している。IORI所属だったために、チェリーに移ることに問題もなかった。  住まいも美馬の近所に引っ越していた。それを懸念した伊織が、毎日のように現れる。  尤も、伊織も自身の会社を横浜に移してしまった。しかも美馬に会う時間を増やすために、クラブの中にオフィスを構えてしまった。  伊織を諫める立場の朝桐は新婚旅行だ。  挙式もまだなのに、玲花の気まぐれに付き合って、先に日本を脱出したようだ。朝桐は彼女が逃げられないように、入籍は済ませたらしい。 「私は欲しいものは必ず手に入れるんですよ」と、微笑みながら美馬に話しているのを聞いた。  さすが伊織の秘書だけのことはある。狙った獲物は逃さないタイプだ。 「遊人君や。ほれ、早く練習を始めないか」  ただでさえ騒々しいのに、会長の伊織完人までリンクのベンチに陣取っている。  来シーズン、美馬をシングルスケーターとして復帰させ、オリンピックに出すと言って、駄々をこねているようだ。  美馬遊人は元フィギュアスケート選手だ。  今は振付師だ。  遊人君などと呼ばれても美馬は嬉しくなさそうだが、男同士のディープキス騒動を不問にしてくれたことには、感謝しているようだ。  会長は今でも「遊人君が孫を骨抜きにした」とぶつぶつ言うが、あながち間違いではなさそうだ。  しかし、今一番やらなくてはならないことは、真木のグランプリシリーズ開幕に向けての調整だ。  美馬がいると調子が上がるというので、水城コーチの依頼で、美馬がつきっきりなのだが。  相田は伊織と真木を尻目に、美馬に歩み寄る。 「今日は何から始めます? ジャンプ? ステップ? つなぎ?」  美馬が言いながら、悩ましげに眉根を寄せる。  美馬はバレエの基本がしみついているからか、ふだんの所作からして美しい。  そこからフェロモンがだだ漏れになって、伊織がいやらしい目になる。  美馬を食いたくて仕方がないらしい。  美馬はそんな伊織の視線を感じると腰砕けになる。  しつこく結び直した紐を解いて、「ちょっと忘れ物」と言って、リンクを出て行ってしまう。  すると伊織が「俺、仕事に戻ります」と会長に挨拶をして、そそくさと後を追いかけて行く。  あぁぁぁ、いったい、練習はいつ始まるんだろう。 <完>
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