96_美馬_世界に向けたanswer

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96_美馬_世界に向けたanswer

 背後から入ってきた朝桐が、惣一の肩越しに微笑みかけた。 「美馬さん。準備がよろしければ、コメントをお願いできますか」 「ああ……そうだった。コメント、なにも考えてなかったな」 競技会ではないから、取材陣も気楽にスケーターのコメントを取る。美馬は控え室から出なかったために、IORI側に頼んだらしい。 美馬は取材対応どころではなかったもので、んーむ、悩んでしまう。 「付き添います」  相田が言って荷物を持とうとしたが、脇から惣一が引き受けた。 「俺が持つ」  相田はびっくりしたが、どうぞ、と引き渡した。  美馬は呆れた。 「必要なのはおまえじゃなくて、相田さんなんだけどな」 「そこまで一緒に行くだけですよ」  そう言いながら、惣一は通路に出るなり眼光鋭く辺りを威圧して、美馬にピタリくっついて歩く。自分が御曹司だという自覚がない。  取材陣が近づいて来られないので、美馬はそっと言った。 「会長の隣にいなくていいのか」  惣一の返事に、間があった。 「惣一?」 「先輩」 「ん」 「今日の仮面舞踏会、誰のために滑るんでしたっけね」 「ん?」  もちろん惣一のためだが、美馬はきょとんとした。  今ここで聞かれた理由というか、タイミングに脈略がなかったからだろう。  美馬の反応に、惣一の額に青筋が浮かび上がる。  わわっ。 「もちろん、おまえに見てほしいんだよ」  とってつけたようになってしまい、惣一は奮然と美馬の肩を抱くと、スタスタ進んでいく。 「おい、なんか怒ったのか? 短気だなあ」  出番を待つ者、終わった者、あちこちから談笑する声が聞こえてくる。  こんな気分でなかったら、美馬も話をしたいスケーターばかりだった。  最初のコメント撮りは海外からの取材陣だった。なぜかずっと背後に惣一がくっついている。近すぎると小声で注意するのに、離れようとしない。  取材陣が明らかに美馬と惣一を見ていた。空気が妖しすぎるのだ。  朝桐に促されて、中継スポットに行った。眩しい照明が傘を開いて、何の会見なのか。 「先輩、俺、こないだ聞きましたよね。俺とスケートのどっちを取るかって」 「そうだったか」 「俺は先輩を取ります。スケートをする先輩を取ります」 「なんだ、唐突に」  今言うなよ、そんなことを言われても……。  美馬は泣きそうな表情を隠すために、ふぅ、と息を吐いた。  その直後、横から顎に伸びてきた手が美馬の顔を振り向かせた。  なんだ、と上目遣いした瞬間、美馬の視界が閉ざされた。弾力ある唇がミントの匂いとともに、強く押し当てられるのを感じ、はっとした。  次の瞬間、ぐいっと腰を引き寄せられていた。 「そ……」  惣一、と呼びかける声も呑まれた。惣一の唇と鼻で顔で塞がれ、頭の中が真っ白になる。  周囲でどよめきがおこり、フラッシュが光り、尻上がりの口笛が一つ二つ鳴った。顔なじみのプロスケーターたちだった。  や、やめろ、惣一!  くそっ、くそっ。  いや、もう、手遅れじゃないか!  惣一の胸を突き返そうにも、完全アウトだ。  写真だの動画だの、SNSに流出するのは避けられない。  いったい、なんなんだよ……。  美馬は力が抜けて、惣一の背中にしがみついた。  顔が上げられない。  ……俺は、先輩が好きな自分を隠したくない。世界中の野郎に、この人は俺の恋人だって宣言します。  濃厚なキスの合間に惣一が囁いた。  これだけマスコミのいるところでキスをして、愛を囁かれたら、受けて立たなければゲイの名が廃るというものだ。  オレもだ。オレもおまえが恋人だと言いふらしたい。  おまえがどんなに色男で嫉妬深くていやらしいか、全世界に叫んでやりたい。
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