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97_美馬・伊織_リセット
取材は吹き飛び、騒ぎは広がるばかりだった。
美馬は係に呼ばれて、ベンチに座って靴を履いて紐を結んだ。
隣にいる惣一が番犬のように陣取っていて、美馬に話しかけるのをシャットアウトする。
あはははは。
美馬は首を振って、泣き笑いたいのを堪えた。
真木の脅迫が、今のキスのせいで意味をなさなくなった。
惣一がやらかしてくれたからな!
「無茶やるよ、おまえ」
靴の締まり具合を確認し、立ち上がる。
惣一が薄笑いして、背後から従いてくる。
バックヤードから出ていくと、紹介のアナウンスが始まった。特殊効果のある青い照明がリンクに花を描いている。
「遊人さん」
こんなときに名前を呼ぶなよ。
美馬は顔から火が出る思いで、睨みつけた。
「見てますから、ここから」
惣一が美馬の演技を、リンク脇で見るのは高校生のとき以来だ。
「ん。最高に感じさせてやるよ」
「……すでにこんなですが」
惣一がそっと硬い物体を腰に押しつけてきた。
「バ、バカかおまえは」
「その透ける乳首が悪いんですよ」
惣一が凄んで逆切れする。
押し倒してくるときの野獣顔になっている。
もう相手にしてられない。
リンクの仕切りから降りて、両手を挙げて出て行く。
歓声が沸き起こる中、軽く弧を描いて位置につく。
まるで競技会に戻って来たような気分だった。雰囲気は違うが、心地よい緊張感がある。
美馬は深呼吸した。
ジャッジはいないが、一番厳しい目を持っているのはファンだ。
360度の観客。
真木の姿が放送席近くのショー出場者のベンチに見えた。
貴賓席に惣一の祖父さん。
バックヤード前に惣一。
惣一……。
ありがとう。
☆☆☆
青白いスポットライトを浴びて、美馬が立つ。珍しいことに、祈るような仕草を見せた。
惣一が美馬の演技をリンクで見るのは、高校生のとき以来だ。
リンク中央の美馬は少し右足を下げて、背中をゆっくりと90度に反らしていった。
顔は上向き、右手は頭の方へ、左手は前の方に伸びて、氷上と水平になる。
指先が、見えない磁力に引っ張られているかのようにまっすぐ伸びている。指先に動きをつけた独特の形。少し下げた右足は左足の軸に対して45度。
宇宙の深淵を記号化したようなポーズだ。
荘厳で、清冽な空気。
一瞬にして、美馬遊人の世界だった。
振付を変えたのだ。
会場が静まり返る。
そのときを待っていたかのように、仮面舞踏会の幕が上がった。
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