サイラスとバッカス

1/4
前へ
/336ページ
次へ

サイラスとバッカス

 クラウスは壁が崩れた跡に立ち、オンディーン湖をぼんやりと眺めていた。  壁は小石となってそのほとんどが消えたが、一部は瓦礫となって残っていた。  瓦礫からしたたり落ちる水は小さな虹をつくり、枯れていたオンディーン湖に少しずつ水が流れ始めている。 (陛下……。戦いは終わりましたよ)  これでディアーク河も本来の姿を取り戻し、帝国もその恩恵を得る事ができるだろう。  ふと、どこか遠いところで大きな咆哮が聞こえ、大地が震えた。その振動で瓦礫がパラパラと崩れる。 (これは?)  崩れた瓦礫の隙間からわずかに金色に光るものが見えた。気になって掘ってみると、出てきたのはシンプルな装飾の杖だった。  その杖を手にした途端、クラウスに衝撃が走った。  走馬灯のように誰かの人生が流れてくる。  白いマントをまとった誰か──いや、これはかつての自分。  ──かつての自分は魔法を使っていた。  そして親友の願いを聞き入れ、高い壁をつくり、魔法使いの王として君臨していた。    その後はサイラスだったことを忘れ、幾度も転生を繰り返した。転生先はこの世界でないこともあった。  魔法が使えない──いや、かつては使える者がいたかも知れない、人間がつくる高度に発展した世界。世界中どこにでも行けて、はるか空の向こうにまで住んでいる。  その世界に転生したあとは、必ずといってこちらの世界に転生した。あちらの世界に生きていた記憶を持って──。  その度に、こちらの世界にあちらの世界の知識を伝えてきた。  ──小さな島国を焦土と化し、世界を脅かす恐ろしい兵器でさえ。  そうしてあちらの世界でもこちらの世界でも五百年が経った……。  クラウス、いや、サイラスは笑った。 (私もやっと終われる……。クラウスで最後だ)
/336ページ

最初のコメントを投稿しよう!

68人が本棚に入れています
本棚に追加