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良くないことがこの国で起ころうとしている。
大好きだった兄もあの様子では今や敵だ。
エレノアは魔法を使い、逃げてきた道の床を凍らせた。まともに練習をしていないため、短時間しかもたないが、少しは逃げる時間を稼げるだろう。
思惑どおり、凍ってツルツルになった床に追ってきた男たちが苦戦している。
その間にエレノアは城の地下へと向かった。地下には唯一の友好国であるタイドスへ向かう転送ゲートがある。魔法が苦手なエレノアでも装置を動かすだけでタイドスの城へ行ける。
「……なっ!」
地下へ続く階段を下りると、負傷した兵士が何人も転がっていた。
「そんな……」
エレノアは見たこともない悲惨な光景に足が震えて動けなくなってしまった。
「エレノア殿下……助け……て」
「殿下……くるし……」
負傷した兵士は皆、血まみれで苦しそうにうめき、エレノアに助けを求め、負傷した体を引きずりながらこちらに集まってくる。
「エレノア殿下……お助けくだ……」
負傷した兵士の一人がエレノアにすがり寄り、エレノアの足先に触れた。兵士の血まみれの手は震えていた。
「ご、ごめんなさい。わたし……魔法があまり使えなくて……ごめんなさい」
手を取って謝るしかなかった。王女でありながら、負傷した兵士に何もできない自分が恥ずかしかった。情けなくて涙が出た。
それでも、気休めにはなるだろうと治癒魔法を使った。
「精霊よ! 彼らを癒して」
片手を付き出して声高に詠唱してみたが、発せられたのは心もとない弱い光。
兵士たちのかすり傷が治ったくらいの威力しかなかった。アレンや兄ならば、一度で彼らを完璧に癒すことができるだろう。
(わたし……)
──今まで馬鹿だった。
こんな時に何もできないなんて。国のために戦ってくれた人たちなのに。
エレノアは髪に結んだリボンで、目の前にいる負傷兵の傷を縛った。
「──!」
足音が近づいてくる。階段を下る足にまとわりついているあの赤いマントは……!
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