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「欲張りですねお父さんは、まあいいでしょう」
金原は左手を広げた。これ以上拡げたら股が裂けそうである。そして武下の額に生命線を合わせて手を覆いかぶせた。更に指を広げる。その指が武下の脳の中に沈んで行く。
「少し酔うかも。そう船酔いに似ている」
脳に沈んだ指で細工を始めた。武下が目を覚めると太平洋戦争の真っ只中であった。
「おい、昇に赤紙が来た。お祝いだ」
武下は銀座大店の次男に転生していた。
「おめでとう昇」
母は口だけの祝いを述べた。心では残って欲しいが国賊と責められる。それでは店が潰されてしまう。
「母さん行って来ます」
昇は支度に掛かった。
「昇お坊ちゃま、お客様がお見えですが」
「どなたかな?」
「表通りでお待ちです」
武下は下駄ばきで通りに出た。
「出征ですか?そりゃ大変だ」
「そんな言い方をすると憲兵に連れて行かれますよ。ところでどちら様でしょうか?お会いしたことがあるような気がしますが想い出せない」
男は渋茶色のハンチングを脱いで頭を掻いた。フケが飛ぶと癪が現れた。
「妙な鳥だな、まさかアメリカ製の鳥でしょうか」
武下は笑った。
「どちらに行かれるのですか、南方、それとも満州?」
「自分は特攻隊に志願します」
「そうですか、天国に召されるようにお祈りいたしております」
「そうそう、あなたはうちのお客様ですか?」
「あなたのファンですよ」
「面白い人だ」
金原は銀座通りを歩き出した。武下はその後姿を目で追っている。
「誰だっけなあ」
了
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