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まるでね、透明人間になったような気分でした。寂しいものでしたよ、妻にも娘にもまるで相手にされなかったのですから。
そうですね、私に問題が、あったのでしょうね。
ええ、明けても暮れても研究で、家に帰るのは週に二回か三回、帰ってもまともに妻の顔も見ず、遊んでとせがむ娘も邪険に扱って。
妻の不満げな顔も、娘の悲しそうな顔も、あの頃の私の心にはちゃんと映っていませんでした。
不完全な鏡像、私が人間擬き、だったのでしょうね。
あんなに私について回っていた娘も、今は、まるでそこに私がいないような態度ですよ。
はい、今年で十八歳になりました。東京の大学に受かりましてね、もうすぐ家を出るはずです。
私の研究には、まるで興味がなかったですよ。娘は妻に似て文系なんです。
そんな、誰も知りませんよ。買いかぶり過ぎです。
世間でも、私たちの研究は日陰者で。
まあ、大串機構長が国際学術講演賞を受賞したときはニュースになって一般にも知られましたが、名前が長いとネタにされただけで。
ディラック数物連携宇宙研究機構。
私が所属していたはずの組織。
まるで早口言葉ですよね。
そうです、ポール・ディラック博士が由来です。
反物質の解明、なんて、浮世離れしすぎですよね。
今では私が家の中で反物質ですから。
物質と反物質は等しく世界に立ち現れ、わずかな欠落からか、それとも過剰か、ともに世界から無くなるはずの対消滅で、物質は世界に留まり、反物質は消滅する。
私の声、聞こえてますか?
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