VOICE

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「……怖いもの見たさで戻ってきたんでしょ? 馬鹿にするために戻ってきたんでしょ」  けれども私はその温かさを払う。  だって、どうしていいのかわからないから。  彼女が何を言おうと、私は結局のところ「人魚もどき」だ。と。 「あなたのこと、みんなから詳しく聞いたわ」  すっと、その温かさが、輝きが、近づいてきた。  避ける間もなかった。瞬きをした瞬間、目の前に王女の顔があった。青い瞳には、私の嫌いな自分の顔が映っている。ああ、その青さの中に自分のような汚いものを入れないでほしい。でも王女は、じっとこちらを見つめていて。 「あなたの尾は、呪われている、病気だって。うつるって」  そう言いつつも、彼女はその小さな手で、私の尾に触れた。布を巻いて隠した私の尾。彼女は直接触った訳ではないけれども、この布の下には、確かに醜い尾があるのだ。それでも、彼女は触れた。  王女の小さな手は、決して温かくはなかった。 「私、あなたとしばらく一緒にいたわ。でも、うつることなんてなかった……だからきっと、みんながそう言ってるだけなのよね?」  でも触れられたことで、彼女の手の冷たさを感じた。王女の手は滑るように、私の手を握る。 「それに、あなたは呪われてもいないわ。あなたはいい人よ。いい人が、呪われているわけないじゃない」 「……いい人って?」  いい人、なんて。彼女は簡単にそういうことを言える。夢見がちな彼女。世間知らずで、お人好しなところも見える。彼女はまだ幼いのだ。それ故に愚かしい。  でもその手を、振り払えなかった。  王女の手と、私の手。同じ温度。 「悪い人じゃないでしょう? 魔女さんは」  この薄暗さに似合わない笑みを、彼女はいともたやすく浮かべる。 「魔女さんは意地悪だって聞いたけど……いろいろ言われて、それでみんなが嫌いだから、そうなったんでしょう? それなら……魔女さんは悪くないわ。私に人間の足をくれないのも、きっと何か理由があるから。意地悪なんかじゃないわ、そうでしょう?」  彼女の声は、温かく、甘くて、まるで私を撫でるかのようだった。  この声に、私は一体何度慰められただろうか。 「それにあなた、歌が上手だったから。歌が上手な人に、悪い人なんてきっといないわ!」 「――歌?」  それは何のことだろうか。私の歌が、上手?  思い当たる節が全くなかった。そもそも私は、歌なんて歌っていただろうか。喋るのも、苦手なのに。 「私の歌、歌ってたでしょ? 私、あの歌は誰もいないところで歌ってたんだけど……魔女さんったら、聞いてたのね」  歌。彼女の歌。  やっと私は思いだした。昨日、歌ってしまっていたではないか。彼女の歌を。彼女以外に知るはずのない彼女の歌を。尾を見られたことで、すっかり忘れていたけれども。  あ、え、と、取り乱して、まっすぐに彼女の顔を見てしまった。昨日、尾を見られたときよりも、頭の中が混乱してしまった。 「あ、あれは……」  言い訳なんてできない。全て事実だ。こっそり聞いていたことが、ばれてしまう。彼女は人前で歌うのが恥ずかしいと感じているのに。 「私の歌、好き?」  しかし彼女は機嫌を悪くすることなく、少し顔を赤くして尋ねてきた。普通、こういうときは怒るものではないのだろうか。少なくとも私は、尾を見られて怒った。でも彼女には、そんな様子が全くない。 「……嫌いじゃ、ないわ」  唐突な質問に戸惑いつつも、私はなんとか最適な答えを選んで口にした。あなたの歌は、大好きだった。でもそんなことはっきり口にできない。だからといって嫌いと答えるのは間違っている。そう考えた結果、なんとか絞り出した答えだった。  すると王女はぱっと笑った。私の心理を見抜いたように。 「よかった! 恥ずかしいけど、誰かに聞いてもらいたいとも思ってたの!」  私の手を握ったまま、ぶんぶんと、万歳するかのように彼女は手を振った。それは本当に、褒めてもらって嬉しいという様子で、幼く、無邪気で、健気で。 「変な歌って、馬鹿にされちゃうかもって思ってたの……でもそう言ってもらえて嬉しいわ! それに、歌ってくれるなんて! それくらい好きってことよね? ありがとう、魔女さん!」  どうして彼女はこんなに前向きで、明るいのだろうか。私とは違って。それが不思議で、少し憎らしくて、愛らしくて、 「私なんかに歌を歌われて、あなたも不幸、よね。もっと人前で歌えばいいのに」  褒めてあげたかったけれども、私はやっぱり素直になれなくて、皮肉ってしまった。言ってからしまった、と思う。どうしても、妙な言い方になってしまう。しかし王女は、私が素直になれないのを知っているかのようで、 「……魔女さんは、自分がみんなに嫌われてると思ってるから、そう言っちゃうのね」  そして、あの天使の声で、 「魔女さん、私はあなたのこと、愛してるわ」  ――愛している?  それは、どういう意味だろう。  私にとって、初めての言葉。ありふれているけれども、言われることのなかった言葉。  彼女は続ける。 「あなたはいい人。いいお友達よ」  お友達。私の欲しかったもの。  手を伸ばすことも恐れた光。その光が、いま、私の手を取っている。  愛している。お友達。美しい言葉を紡いだ美しい声が、響く。彼女は無邪気に微笑んでいた。目を細めて、光を纏っているかのように。俯けば、私の手を握る彼女の手があった。小さくて、優しい手。  目を瞑る。声は出ない。  私は。  ――私は、嬉しさに微笑むことなく、わずかに顔を歪ませた。  彼女の優しい手が、私と彼女を結ぶ糸を、解いてしまったから。  ――でもあなたは、地上に行きたいんでしょう?  そんなことを言っても、彼女が本当に欲しいものは、人間の足。そして王子の愛。  愛している。お友達。ありふれた言葉。  私にとって唯一の友達であるあなたは。  私に初めて愛していると言ってくれたあなたは。  ――私を見捨てるように、外に行きたいと願っているんでしょう?  薬は毒になる。この冷たさで、彼女の温かさは火傷を起こすほどのものだった。
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