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2021年
二〇二一年。悲劇は突然訪れます。真治のお父さんが死にました。癌でした。
「ごめん真治、大学卒業したら働いてほしいの」
しかし、真治は人生においてほとんど人と話したことがない状態でした。
「無理だよ、僕は真面目な人間なんだ」
「真面目だからこそ社会に出て活躍できるのよ! 頑張って働いてちょうだい」
「え、でも……」
仕方なく、真治は就活を始めました。だけど、コミュニケーション能力が皆無のため、誰ともうまく話せません。目が泳ぎ、頭が真っ白になってしまうから、もはやお話にすらなりませんでした。
「僕は真面目だ。僕は真面目なんだ」
ただ、このとき真治は一つのことに気がつきます。
「真面目だから、なんだ?」
両親に褒められるために、そして怒られないようにするために、真治は真面目に生きてきました。そのために勉強をして、学力を培って着ました。しかし、失ったものはあまりにも巨大でした。
「真面目だけど、それ以外ないよね」
とある企業の就活担当に指摘されたとき、真治は思い切りパイプ椅子を蹴り上げてしまいました。
「ふざけるな! 僕をばかにしやがって!」
真治は就活担当の社員の胸ぐらを掴み、何度も揺すりました。このとき、真治の目には大量の涙がたまっていました。
もちろん、バイトの面接にも受かりません。人として最低限必要な受け答えもままなりませんでした。
「なんなんだよ、この世界」
そして、真治は自分がつけていた真面目の仮面を外しました。ホームセンターで箸を買い、公園で全裸になって箸を指揮棒にして思い切り振り続けました。
「箸にも棒にもかからない、箸にも棒にもかからない僕の人生!」
真治は周りを気にせず、全力で振り続けました。やがて公園には人だかりができ、写真を撮る人や動画を撮る人も現れました。
「何やっているんだ!」
警察が来たとき、真治は心の底から楽しくなっていました。こんなに愉快な気持ちは、小学生のときに窓の外へ筆箱を投げたとき以来でした。
「僕は、真面目なんですって。世間体からしたら、僕は真面目なんですって。東大にも行っている、お利口さんなんですって。
でもねおまわりさん。見ての通り僕は不真面目だったんです。もっと悪さをして、人を困らさせて、不快な思いにさせて、それでも心地よく踊り続けることを望んでいた人間なんですよ。知っていますか? 僕ってそういう人間だったんです。真面目なんておこがましいですよ。そんな偽り、すぐに剥いでしまえばよかったのに、いつまでも真面目に頼ってしまったんです。友達もできないから、きちんと生活できないから、真面目なふりをして頑張って生きてきたんです。真面目な人間を演じていただけなんですよ!
でも、もう限界です。勘弁してくださいよ! もう、僕は真面目には生きられません。ふざけて生きることしかできません。裸になって箸を振って、ワーワー叫ぶことしかできません。そうすることでしか自分らしくないんです。
あのね、竹山真治って男はこういう珍奇な人間なんですよ。真面目じゃないんですよ! だから真面目な仮面なんて、粉々にして燃やしてください! お願いします!」
警察は呆れ返っていました。そして「行くぞ」と言われた真治は、呆気なく両腕を掴まれて拘束されました。でも、真治はとてもホッとした気持ちになりました。これで真面目を演じることから解放されると思ったからです。
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