アフロの彼氏

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アフロの彼氏

チョコレートケーキ、ミルク寒天、紅茶のシフォンケーキ、モンブラン、チーズケーキ、ベーリーのムース、抹茶のロールケーキ、プリン、ティラミス……彼の前にはスイーツが山盛りになっていた。 今日は3回目のデートで、前回同様またスイーツ食べ放題だった。 ぽっちゃり体型に服はいつもオーバーオールで、髪型はアフロで、見た目を気にしない彼を好きになった。 それにスイーツ好きという趣味も合ってすぐに意気投合したのだが、彼のスイーツ好きは度を越えていた。 「僕の身体は甘いものでできているんだ」   丸いお腹をポンッと叩きながら彼は大きな声でがははと笑った。 「わたあめが作れるよ」   彼は子どもみたいにはしゃぎながら、わたあめ製造機で自分の頭よりも大きなわたあめを作ってニコニコしながら頬張った。   制限時間ぎりぎりまで彼の胃袋には甘いものが詰め込まれた。 そのあと映画館で彼はキャラメールポップコーンを食べ、甘いものでお腹が膨れていた私はそのにおいに吐き気を覚えた。   夕食は彼の部屋で食べようということになり、私は、メニューを考えていた。 スイーツばかり食べる彼の身体を考えてヘルシーにしたい。   スーパーに寄って野菜を買い込んだ。 肉はヘルシーに鶏肉で、豆腐や納豆などの大豆製品も買った。   一口コンロの狭いキッチンに立つと、彼は言った。 「僕は、パンケーキ作るから、君はその買い込んだ野菜でも食べなよ」   彼は、うきうきしながらホットプレートを出した。 彼に私の料理を拒否されたことよりも、彼の異常な行動が心配だった。 「また甘いもの? 身体によくないんじゃない?」 「僕の身体は甘いものしか受け付けないんだ。子どもの頃からだから心配しないで」   知り合ってから3か月が経つが、そういえば彼がスイーツ以外のものを口にしている姿を見たことがなかった。   焼き上がるふわふわしたきつね色のパンケーキに彼は、バターとメープルシロップをこれでもかというくらいたっぷりとかけた。 食べている間にも次の生地が焼かれていく。   絶対に身体によくない。 私が作るヘルシーな料理を無理やりにでも食べさせたい。 そう思うのだが、幸せそうな彼の顔を見ていたら、阻止することはできなかった。   布団の中で彼の身体に寄り添う。 ぷにょぷにょしたお腹をずっと触っていたい。 彼の身体からは甘い香りがした。 本当に彼の身体は甘いものでできているんだ。 そんなことを思いながら眠りについた。   深夜、ふと目が覚めた。 静まり返った部屋の中でパキンと空気を裂く音がした。 彼は、すやすやと小さな寝息を立てながら眠っていた。   明かりをつけると、背後でカサカサッという音がした。 すぐに振り返ったが何もない。 6畳の畳の部屋に小さなテーブルとテレビ、壁に沿って漫画本が積まれ、テーブルの上にはホットプレートがそのまま放置されていた。 そして、大きな段ボールには大量のお菓子が山になっている。 この部屋には何かがいる。気配がする。 そう思うとぞわぞわっと鳥肌が立った。 彼の背中に顔をうずめ無理やり目を閉じた。 甘い香りが私の不安を払拭してくれた。 意識と無意識の狭間でうつらうつらしかけたとき、耳元で耳障りな羽の音がした。 手で払ってもしばらくするとまた私の耳元にやってきて羽を震わせた。 何度も何度も私の顔の周りを飛び回る蚊に目が冴えた。 起き上がってじっと息をひそめる。 空は明るみ始めていた。 絶対に仕留めてやる。 しかし、そういうときにかぎって姿を現わさない。 彼が寝返りを打った。 スイーツでも食べている夢を見ているのか、彼の口はもごもごと動いている。 彼の寝顔を見ていたら、またカサっと音がした。 その音は、寝ている彼から聞こえた。 音の正体を確かめるために、彼の顔をじっと見つめて耳を澄ませた。   私の視界の端で何かが動いた。 さっとそちらに目をやると彼のアフロが揺れていた。 エアコンの風なんかじゃない。 そうじゃなくて、何かがうごめいているような動きだ。 彼のアフロの中に何かがいる。   アフロから死んだ虫が出てきた……。 以前に彼が大笑いしながらそんなことを話していたことを思い出した。   ジャングルから出られなくなったんだな。 さっきの蚊かもしれない。 憎き蚊が彼の髪に絡まってもがいている姿を想像したら、さっきの苛立ちは消えた。   彼には悪いが、このまま絡まって死んでもらおう。 そう思ってじっとうごめくアフロを眺めた。   日の出が徐々に彼の顔を明るくした。 そのとき、揺れる髪の間から2つの光るものが見えた。 大きな目だ。蚊じゃない。 そして、目の間に黒い触覚。   次の瞬間、ブーンと羽の音が聞こえ、アフロからそれがゆっくりと出てきた。 大きなお尻の縞模様。 ミツバチだった。   ミツバチは蛇行しながら私に近づいてきた。 キャーッと叫びながら逃げ、窓を開けると、ミツバチは窓の外に出た。 一体、いつミツバチが入り込んだのだろう。 ホッと息をつきながら窓を閉めたとき、彼のアフロから飛び立つものがいた。   まだいる!  もう1匹のミツバチが羽音を響かせて私に向かってきた。 逃げ回る私の目に映ったのは、彼のアフロから次々と飛び出すミツバチの大群だった。   嘘でしょ……。 身をていし窓を全開にすると、ミツバチは方向を変えて窓から飛び立った。 私は、窓辺で腰を抜かしながら20匹近いミツバチを見送った。   彼は、そんなことが起きているとはつゆ知らず寝息を立てていた。 私は、ホットプレートの上にあったフライ返しを手に取った。 そして、フライ返しの先で彼のアフロをつついた。   フライ返しの先に硬いものが触れた。 ごくりと唾を飲み込んで目を凝らす。 彼のアフロから何かが出てきた。 反り返った大きな黒いツノ。 徐々に姿を現わしたそれはカブトムシだった。 カブトムシは、彼のアフロから飛び立った。 1匹、また1匹。 全部で5匹のカブトムシが順番に空に消えた。   彼から発せられる甘い香りに吸い寄せられるのは私だけじゃない。 まだ何かいるかもしれない。 想像するだけで身震いがした。 急いで着替えて、私は彼の部屋をあとにした。   あれから、私はアフロの人を見かけると逃げ出し、スイーツを一切口にしなくなった。
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