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そんな噂話を耳にすることが何度かあった。けれど彼女はそれを否定も肯定もしなかったので、真偽は不明のままだった。
そんなある日のこと。僕は図書室で彼女とばったり出くわした。
「あっ……」
思わず声を上げてしまったが、彼女はちらっとこちらを一瞥しただけで、何も言わずに奥へと進んでいった。僕は咄嗟に後を追った。何故そうしたのかは僕にも分からない。けれど、そうしなければならないと思ったのだ。
彼女は窓際の席に座り本を開いていた。その視線は文字を追っているようには見えない。何をするでもなく、ただページの上に目を落としているだけだった。
僕は彼女の隣の椅子を引いて腰掛けた。しばらくそのまま沈黙が続いた。彼女が本を読み進める気配はない。話しかけるならば絶好の機会のはずなのに僕の口からは言葉が出てこない。何かを言おうとしては口をつぐむばかり。仕方なく僕も自分の鞄から文庫本を取り出して読み始めた。
どれくらいそうしていただろうか。先に痺れを切らしたのは彼女の方だった。
「何か用ですか?」
静かな口調だった。感情をまったく感じさせない平坦な声色。しかし、それでもなお美しいと感じるほどの澄んだ声だった。
僕はようやく覚悟を決めることができた。今しかない。そう思い、勇気を振り絞って言った。
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