休暇

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お腹を満たして、交代でシャワーを済ませて。 自室に戻ろうとする和奏を自分のベッドに引き込んだ。 照明を落とした部屋で、背中から和奏を抱いてのんびり話しをした。 「矢田さん、お腹どう?」 「何ともないです…内蔵も無事でしたし」 上手いこと臓器を外して刺してくれたおかげで治りは早い。 モコモコのパジャマの和奏は湯たんぽみたいだ。 「…ところで君…不思議だったんですが」 「なぁに?」 ポンと、軽く和奏の胸に触れる。 「普段どうやって隠してたんです、これ」 脱がせて見れば、ペッタンコではない胸に驚いた。 「…頑張ってたの、矢田さんにバレない様に」 小さく見せるブラがあるんだよと、和奏が笑う。 「…へぇ、僕はなだらかな胸が出てくるものだと思ってましたよ」 下着を脱がせてぽんと現れたそれが、手品みたいだったから。 「私だって、どこに隠してたのかと思ったよ?」 クスクス笑いながら、和奏が身体を返して矢田の腹を気にしながら胸に頬を寄せた。 「情熱的な矢田さんは、普段どうやって隠してたの?」 さっきの言葉をなぞる和奏は楽しそうに見上げてきて、矢田は苦笑いを浮かべた。 「……」 どこでしょうね?と聞き返して、矢田も和奏に腕をまわす。 「…君限定ですよ」 「ふふ…」 こんなに満ち足りて大丈夫だろうか。 そう思う程、幸せだった。 「…ねぇ、矢田さん」 「はい」 和奏が胸に鼻を押し込んで小さく囁いた。 「千晴さん」 「…」 下の名前を呼ばれたのは、いつぶりだろう。 組で過ごした幼少期ですら、チー坊だった。 千晴、と女の子を産みたかった母親が当てつけみたいに付けた名前だ。 考えれば、その母親だけの呼び名だったかもしれない。 「…綺麗な名前…」 「…それも、君限定です…好きなだけ呼んで下さい」 嫌いな名前すら、彼女が呼ぶなら悪くない。 「千晴さん、好きよ?」 「…僕もですよ…ありがとう」 出会ってくれて、ここに現れてくれて。 そして、愛してくれて。 「ありがとう、和奏」 何故だか泣きたくなって、矢田は和奏の髪に鼻を埋めて目を閉じる。 自分を引き戻してくれたあの、淡い香りがして目を閉じる。 足場の悪い場所に必死に立っている様な、細い紐ひとつで必死に繋ぎ止めている様な…身に余る幸福。 失くしたくない。 絶対に。 和奏とずっと…幸せでありたい。 物にも人にも執着が無かった矢田が、心底願う幸せが腕の中で寝息を立て始めた。 明日は念入りにお参りをしよう。 和奏が泣かない様に。 …自分がずっと、彼女と居られる様に。
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