和奏との生活

3/3
前へ
/60ページ
次へ
「どんな感じが好き?」 服を買わなきゃ駄目だと矢田は和奏を連れて、 色々なテイストが建ち並ぶ店構えを眺めていた。 しかし何故だか和奏は矢田を見上げた。 「はい?」 「矢田さん、どんな服きた女の人が好き?」 真剣に見上げられて戸惑った。 「…君の好きなのを…」 「私、何でもいいタイプなの」 は?と聞き返した矢田に、和奏はへらりと笑った。 「ほら、実家にいた頃は…制服以外は店で動きやすいのばっかり選んでたし…今は今で…」 中性的なパンツスタイルだ。 「………」 「矢田さんは、どんなのが好き?」 自分の好みに着飾ってくれると言うのか。 「僕は、君が気に入った服なら何でも…今の服も似合ってますが、少し量が少ないでしょう?」 え?と和奏に見上げられて、これは少し気持ち悪いかと思いながらも付け足した。 「似合う服は多いとおもいますよ、前から思ってましたが…君は綺麗だ」 本日二度目の赤面と、小突かれる脇腹。 「もうっ」 何故褒めて小突かれる。 けれど、その顔も可愛い。 和奏は着回しの効く、柔らかな色味の服を数枚買った。 矢田の助言を聞いてスカートも数枚。 コートは矢田が選んだ。 「ああ、似合いますね」 「えへへ」 ベージュのニットと茶のロングスカート、同じ茶のショートブーツを合わせて、矢田が選んで合わせたコーディネートで試着試着室から出てきた和奏を、手放しで褒めてそのまま店を出た。 一気に女性に戻った和奏を連れて、車のトランクと後部座席を埋める程の買い物を済ませた。 「買いすぎ…」 「いいえ、まだ必要なくらいです」 昼を回って結構時間が過ぎたので、何処かで食事にしようかと、二人で街を歩く。 「…バイキングにしますか?あ、あそこのしゃぶしゃぶもいいですね」 「……」 隣を楽しげに歩いていた和奏が、急に静かになった事で、矢田はその顔を覗き込んだ。 微笑みは乗っているのに、何処か不安気な瞳とかち合う。 「どうしました」 「…いいのかな、こんなに楽しくて」 昨夜、和奏は深く語らなかった。 矢田も和奏の過去をどこまで知っているのかを伝えなかった。 知られたくないなら、死ぬまで知らない振りをしようと思っている。 彼女の父親が何をしようと、彼女が彼女である事に変わりはない。 自分が母親に捨てられて、曲りなりにも大人になれた様に…人はルーツが全てでは無い。 これから彼女を護って、共に歩く自分だけが新しい彼女を見て、今の…本当の彼女を知ることが出来るのだ。 「…知っていますか?」 真っ直ぐ自分の言葉を待ってくれる和奏に微笑んだ。 「僕と君、今の楽しさは2分割されています…半分こですよ、あと倍楽しんでから不安になればいい」 それで、何が食べたいですか?と問いかけながら、この先和奏が当たり前に平穏を受け止める事が出来るくらい、手探りでも確かな物を手渡したいと考えていた。 矢田は自分にとって初めての日常を、懸命に模索していた。
/60ページ

最初のコメントを投稿しよう!

927人が本棚に入れています
本棚に追加