927人が本棚に入れています
本棚に追加
「どんな感じが好き?」
服を買わなきゃ駄目だと矢田は和奏を連れて、
色々なテイストが建ち並ぶ店構えを眺めていた。
しかし何故だか和奏は矢田を見上げた。
「はい?」
「矢田さん、どんな服きた女の人が好き?」
真剣に見上げられて戸惑った。
「…君の好きなのを…」
「私、何でもいいタイプなの」
は?と聞き返した矢田に、和奏はへらりと笑った。
「ほら、実家にいた頃は…制服以外は店で動きやすいのばっかり選んでたし…今は今で…」
中性的なパンツスタイルだ。
「………」
「矢田さんは、どんなのが好き?」
自分の好みに着飾ってくれると言うのか。
「僕は、君が気に入った服なら何でも…今の服も似合ってますが、少し量が少ないでしょう?」
え?と和奏に見上げられて、これは少し気持ち悪いかと思いながらも付け足した。
「似合う服は多いとおもいますよ、前から思ってましたが…君は綺麗だ」
本日二度目の赤面と、小突かれる脇腹。
「もうっ」
何故褒めて小突かれる。
けれど、その顔も可愛い。
和奏は着回しの効く、柔らかな色味の服を数枚買った。
矢田の助言を聞いてスカートも数枚。
コートは矢田が選んだ。
「ああ、似合いますね」
「えへへ」
ベージュのニットと茶のロングスカート、同じ茶のショートブーツを合わせて、矢田が選んで合わせたコーディネートで試着試着室から出てきた和奏を、手放しで褒めてそのまま店を出た。
一気に女性に戻った和奏を連れて、車のトランクと後部座席を埋める程の買い物を済ませた。
「買いすぎ…」
「いいえ、まだ必要なくらいです」
昼を回って結構時間が過ぎたので、何処かで食事にしようかと、二人で街を歩く。
「…バイキングにしますか?あ、あそこのしゃぶしゃぶもいいですね」
「……」
隣を楽しげに歩いていた和奏が、急に静かになった事で、矢田はその顔を覗き込んだ。
微笑みは乗っているのに、何処か不安気な瞳とかち合う。
「どうしました」
「…いいのかな、こんなに楽しくて」
昨夜、和奏は深く語らなかった。
矢田も和奏の過去をどこまで知っているのかを伝えなかった。
知られたくないなら、死ぬまで知らない振りをしようと思っている。
彼女の父親が何をしようと、彼女が彼女である事に変わりはない。
自分が母親に捨てられて、曲りなりにも大人になれた様に…人はルーツが全てでは無い。
これから彼女を護って、共に歩く自分だけが新しい彼女を見て、今の…本当の彼女を知ることが出来るのだ。
「…知っていますか?」
真っ直ぐ自分の言葉を待ってくれる和奏に微笑んだ。
「僕と君、今の楽しさは2分割されています…半分こですよ、あと倍楽しんでから不安になればいい」
それで、何が食べたいですか?と問いかけながら、この先和奏が当たり前に平穏を受け止める事が出来るくらい、手探りでも確かな物を手渡したいと考えていた。
矢田は自分にとって初めての日常を、懸命に模索していた。
最初のコメントを投稿しよう!