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しかし、今夜はやめておこう。
二人の時間を邪魔したら恨まれそうだ。
やっと目星を着けた贈り物を買って、それから和奏を迎えに行こう。
矢田は車を走らせて、百貨店を訪れた。
どこもかしこもカップルだらけ。
去年まではただただ鬱陶しかったその風景も、さほど気にならないのはきっと、和奏がそばにいるからだ。
人を避けながら歩き、目当ての物を探して。
そうしながらこれもあれも捨てがたいと思う。
彼女の肌の色、髪の色、そして関係のない笑顔が浮かんで。
誰かの喜ぶ顔を見たいと思う初めての気持ちに笑みが浮かぶ。
結局絞りきれずに、二つ買って。
矢田は事務所に戻った。
渡すのは明日だ。
それまでデスクに置いておこう。
さあ、彼女を迎えに行かなくては。
「じゃあ、一度事務所に顔を出してからすぐ戻ります」
「はぁい、待ってるね?」
プレゼントの回収と、車の交換に事務所に顔を出そうと矢田は翌日朝早くに家を出た。
津城への連絡もしなくてはならない。
ユリが津城の自宅を調べあげては具合が悪い。
近いうちに一度店に行く約束だけでもしておいた方が良いだろう。
矢田は車を下りて事務所の階段を上ろうとしていた。
後ろに車が止まる音がした。
振り返ると、鶴橋が後部座席のドアを開けた所で。
まず津城がおりて、その後ろから大きな包みを抱えた香乃がおりてくる。
「やっくん、おはよう」
ふわりと香乃が笑った。
ああ、いつもの優しい笑顔だと思って。
そこで気付く。
癒しの感情が胸を温かくするけれど、和奏に感じる様な胸の締め付けは無い事に。
うまく言い表せないけれど、好きな気持ちに種類があって。
自分は香乃に対する気持ちより、随分大きな物を手に入れたのだと。
「おはようございます、今日は?」
「ああ、年始まで顔を出さないといったら…香乃が組員に差し入れだと」
自分達には見せない優しい目をして、津城が言った。
「ああ、それは喜びます」
津城の到着を知った組員が何人かおりてきた。
香乃から包みを受け取り、皆頭を下げる。
その時、少し離れた角から女性が出てきた。
少し離れて見ていなかったら多分見過ごしていただろう。
彼女は足を止めた。
ユリだ。
津城と、香乃が並んで立っているのを見てユリの表情が硬くなった。
(…まずい)
彼女と二人の間に出ようと矢田が一歩踏み出した時、くるりとユリが踵を返した。
元来た角に後ろ姿が消える。
…良かった。
彼女なりに気を使った様だ。
ホッとした所で、津城と香乃がビルに入った。
矢田も後ろをついてあがる。
組員がお礼にと、各部屋から香乃に土産を持ち寄るらしい。
津城が連れて歩く女性だ。
その人に差し入れをもらって、何も無しに返す訳にはいかないと皆急いで部屋に戻っていく。
矢田はデスクに置いておいたプレゼントを取ると、津城と香乃の部屋に挨拶に向かった。
ソファーに並んで座っている二人を見ても、心はざわつかなかった。
香乃が柔らかな微笑みを浮かべているのが嬉しかった。
「やっくん、お正月お節食べに来てね」
「ありがとうございます。一緒に住んでるのも一人お伺いしても?」
「もちろん!楽しみにしてるね」
話し合いが丸くて収まったのだと、津城も目を細めてくれた。
和奏が叶多として行くのか、それとも和奏として…自分の隣に立ってくれるのか。
それはどちらか分からないけれど。
津城や、香乃や鶴橋に紹介したい。
自分の大切な人だと。
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