休暇

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閑散とした神社で、二人並んでお参りをした。 和奏は長い事手を合わせていて。 どこぞの恋愛漫画の様に、何をお願していたのか訊ねたくなったけれど。 「ねぇ千晴さん、今日はお鍋にしようか?」 手を繋ぐのでは無く、和奏は矢田の腕に手をかけてふわふわと笑う。 「鍋、いいですね」 何鍋がいい?と楽しげに目を細める和奏。 他人と鍋は一番苦手だった。 菜箸を使わない相手を目撃してしまえば、もう手を伸ばせなくて。 和奏となら問題無い。 「もつ鍋」 「あ、私も好き」 肉屋が近くにあったねと時間を気にせず歩く。 また日常が戻れば、そうそうゆっくりはしていられないだろう。 「明日は何をしましょうか…君が帰るまでに一度年始の挨拶に行こうかと思いますが」 「津城さん?」 「いいえ、おやっさんの所です。津城さんはその後で」 頷いた和奏は、少し考える。 「それ、午後でもよかったら…私も行きたい…ご挨拶したいな」 「…ええ、言っておきますよ」 ほんと?と嬉しそうに見上げる。 「千晴さんと、会わせてくれてありがとうって言いたいの」 「…そうですか」 「おかげで、今幸せですって報告してお礼しなくちゃ、あ、お土産買いに行かなきゃ!」 ね?と笑う。 …可愛い。 何でここは外なんだ。 抱き締めたい。 「あの人、この頃甘味に目覚めたらしいです…和菓子がいいですかね」 「最中?どら焼き…羊羹…迷うねぇ」 和奏のショートブーツがコツコツと石畳を叩く。 時々鼻を掠める香りと微笑み。 そうだな、少し値のはるものを用意しよう。 自分を拾って育て、和奏に導いてくれた。 人生を、変えてくれた。 「帰って調べましょう、何か良いものを」 「うん」 ゆっくり歩きながら、車まで後少しの所で和奏がピタリと足を止めた。 どうしたのかと横顔を見て、矢田は眉をひそめた。 さっきまでの柔らかな表情が消えていた。 和奏の視線を追って前を向いて確かめた。 向かいから、三人組の中年女性が歩いて来ていた。 腕を掴む手に力が入る。 大丈夫かと問いかけ様とした時、その三人組の左側の女性が和奏と同じに足を止めた。 その距離三メートル程。 「…はぁ…会いたくない人見ちゃったわ」 吐き捨てて、目を伏せて。 急に足音を強めて通り過ぎていく。 ヒソヒソと、聞こえるか聞こえないかのボリュームで話しながら遠ざかって行く。 その間、和奏は人形にでもなったみたいに動かなかった。 息すらひそめていた。
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