第4話 夢を見たかい?

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第4話 夢を見たかい?

 ――もがいている。  目覚めたいのに、なにかに引っかかってるみたいに瞼が開かない。  薄らと夢が、揺らぐ。  理央······洋······それから、それを見ているだけの、そこにいるだけの。 「奏! いつまで寝てるの? 朝ごはん食べていかないの?」 「起きた······」  こんな時は普段うるさいばかりの母さんに感謝。  迷宮みたいな夢はまっぴらだ。 「それで今日は遅刻かよ」 「ごめんよ」 「連絡くらいしろよな。俺も理央も危うく遅刻するところだっただろ?」  反論できない上に、顔も上げられない。昨日の今日で堂々としてられない。  それでもチラッと理央の顔を盗み見る。彼女はコの字型の校舎の、向こう側の棟を見ている。  確かに次は移動教室だ。遅れたくないんだろう。  少し離れたところから様子を見ていた理央のグループの女の子たちが時間を気にしてか、チラチラこっちを見ている。 「反省してる! 次、移動教室だからさ」  そんなんで、なんの罪滅ぼしにもならないと思いつつ、小走りに女の子たちに走り寄る理央を目で追う。やだ仲良しー、とひとりの女の子にからかわれて理央は縮こまって、そんなんじゃないよ、と小さく言った。  パタパタと彼女たちの足音が遠ざかる。 「お前は行かないの?」 「いや、行く」 「······理央となんかあった?」 「なんで!?」  不意に自分から大きな声が出てきて驚く。  今朝の寝汗よりどっと、冷や汗をかいた気がする。 「理央、お前の顔見ないから」 「彼氏はお前だろう?」 「今まではお前のこともにこにこ見てたんだよ」  そんなことがあるだろうか?  無機化学の時間、肘をついてガラスの向こうの、昨日が雨だったとは信じられないほどの青空をぽかんと眺めていた。  青が少し薄い。  九月になるとカレンダー通りに秋がのさばるのかもしれない。  化学教師の神経質な声と、秋になって命短しといったセミの声が上手くハモらない。  僕の知りたいのはたぶん、無機物のことじゃない。炭素原子をふんだんに含んだ有機物の彼女のことだ。  目が見られなかったのは僕も同じだ。  ましてや彼女の唇なんてとても。  意思に反して反芻する。弾力のある、それを。  たった一度だけ。  限られた僥倖、同時に過ち。  できるのは遠くから盗み見るだけ。  シャープペンシルを持ったまま頬杖をついて、教師の話に熱心に耳を傾けている。  理央は化学は補習組だ。目に見えない分子の活動には興味が持てないらしい。  でも僕は知っている。  彼女のノートがすごくキレイにまとめられていることを。そして僕も洋もそれを借りる。細かく書かれたノートには、重要なポイントがきちんとチェックされてるのにどうして赤点なのか。  本当にただ、分子の活動に興味が持てないだけなのかもしれない。 「ちょっと男子、ちゃんと掃除やってよー」  昇降口上がったところの床を、なんとなく掃いていた自分は、声の方を向いた。  それを言ったのは片品聡子(かたしなそうこ)だ。クラスの女子の中でもカースト上位、彼女に意見できるヤツは少ない。  噂ではストレートパーマらしいキューティクルのツヤツヤした髪は背中に届く。それを今はシュシュで軽く結っている。  シュシュっていうのは髪を結ぶためのものなのか、それとも手首を飾るものなのか、よくわからない存在だ。  みんなが「やれやれ」といった様子で手足を動かし始める。片品はくたっとした雑巾を手に、下駄箱を拭いている。誰もやりたがらないところだ。  彼女にそういうところがあるとは知らなかった。  みんなに上から指示出して、自分のことはそれなりに、というタイプかと思ってた。 「なに?」と目が合ってしまって俯く。向かい合って真っ直ぐ見つめ合えるタイプじゃない。  僕にはあいにくそういう類の勇気はない。  掃除の後始末をしてると、先に始末の終わった片品がカバンを肩にかけて現れ「もう終わる?」と訊いてきた。「終わるよ」と少し素っ気なく僕は答えた。  掃除が終わってもさすがに洋たちは待っていない。ふたりは今頃、ふたりきりの時間を楽しんでるはずで。つまり僕の機嫌はあまり良くない。  なんの用事があるのか、またはなにか言いたいのか、片品は僕のそばの壁にもたれかかった。  どうやらなにかしら話があるようだ。  まさか真面目にやっているか見張ってるわけじゃないだろう。  ちりとりを手に、しゃがんだ姿勢から振り返って彼女の顔を見る。 「気にしないで早く終わしちゃって」  気にならないわけがない。彼女に背を向け、自分の仕事に集中した。
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