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「完成だ!」
彼は叫んだ。彼の前には、様々な機械がつけられた、巨大なガラスの筒が置いてある。
その中には、粘度のある、ゲルの様な物体が入っていた。その物体は、時折、うねるような動きを見せる。
「これは、何だね」
「うわぁ!」
いつの間にか研究所のリーダーが現れた。彼は驚きの声をあげてしまった。
「ギョームさん、いつからいたんですか」
「さっき来たところだよ。それより、作ったものを見せなさい」
そう言って、ギョームは彼をどかす。目の前にある、ガラスの筒に入っている物体を見る。
「入所一年目と聞いたが。一年目ならこんなものか」
「それって、どういう……」
「スライムは、隙間さえあれば、中に入り込める。耐久性も、申し分ない。生体兵器としては、実にベタだ」
「ベタって……兵器ですよ? 独創性、いります?」
ギョームは、何を言いたいのか。彼は理解しかねた。
「何を言っている。それこそ、重要なのだ」
「はぁ」
「兵器こそ、我が理想に相応しい」
何が言いたいのか。彼はますます、理解に苦しんだ。
「ギョームさん。こんなことを聞くべきではないとは思いますが……」
「なんだね」
「過去に行ったとされる『不祥事』についてです」
彼は『不祥事』のことを聞いていいものか、悩んだ。それと同時に、ギョームの物言いが引っかかっていた。
しばらく考えているうちに、ギョームが何を言わんとしてるのか知りたい、という気持ちの方が勝った。
なのであえて尋ねることにした、というわけである。
「不祥事って何かね」
案の定、ギョームは機嫌を悪くした。
「ジェイシリーズのことですよ。なんでも、プロトタイプが暴走したとかで、大惨事になったとかなんとか……ギョームさん、開発に関わっていたんですよね?」
それを聞いたギョームは、幾分か機嫌が和らいだ。いまだ、不服そうな顔をしていたが。
「その事か。それは、軍の奴らが悪いのだ。ジェイによからぬことをしたに違いない……考えただけで、腸が煮えくり返る」
ギョームは、再び不機嫌になった。眉間に皺が寄る。
「でも、まるっきり無関係ということはないですよね。そもそも、ギョームさんが開発した、えーと……」
「脳操虫のことか」
彼が言い淀んでいたので、ギョームは助け舟を出した。
「申し訳ありません。先輩の仕事を思い出せないなんて……脳操虫って、ジェイシリーズにくっついてるやつですよね?」
「ジェイシリーズだけではないぞ。他にも――」
「失礼します!僕が聞きたいのは、ジェイシリーズのことです」
話があらぬ方向に行きそうだったので、彼は無理やり割って入った。
「そんなに、ジェイのことが気になるのかね」
「気になっているのは、ギョームさんの方です。原因の一端に、脳操虫が関わってると伺ったんですが」
彼は、ギョームの過去の過ちを指摘している。にも関わらず、ギョームの顔には笑みが浮かんでいた。
「脳操虫は、宿主の人格を参考にして、新たなる人格を再構成する。ジェイの暴走は、それが原因だ。以降、脳操虫には予め、仮人格が備えられるようになった。
「そのせいで、脳操虫がついたものには、個性がなくなった」
ギョームはため息をついた。
「なんで、がっかりしてるんですか。扱いやすくなったってことじゃないですか」
それを聞いたギョームは、こう返した。
「ジェイこそ、我が理想だったのだ。あの者は、愛される為だけの存在だ。従順でありながら、それでいて、時折、反抗的な態度を取る。素晴らしいではないか」
「えーと、恋人が癇癪起こすのと、わけが違いますけど。だって、大惨事ですよ。我が軍に、大勢の犠牲者が出たそうじゃないですか」
「大勢の犠牲者が出たとはいうがね。軍人共にはスペアがある。誰も死んではいない。可哀想なのはジェイだ。見知らぬところに飛ばされたのだ。まぁ、慰みものになるなら、そっちの方がいいかもしれんが」
スペアとは、不測の事態により死亡した場合に備え、あらかじめ用意されたクローンのことである。
オリジナルが死亡した際、クローンに自動的に記憶が引き続がれる。なので、オリジナルと何ら変わるところはない。
ただし、スペアはあくまでも、不測の事態のための備えである。
殺人のような重罪を犯したものについては、使用されることはない。その場合、オリジナル諸共、廃棄されることになっている。
「ギョームさんは、お咎めなしだったんですか?今もここにいますけど」
「なんで私が咎められないといけないのだ。私は、一切関与していない。もっともあれ以降、私は実験器具を見る度に、ジェイのことを思い出すようになったがね。
ジェイはもういない。それに加えて、似たような存在を生み出すことさえ許されない。ここで働かされている、その事が私にとっての罰なのだ」
ギョームは、遠い目をした。口元に笑みを浮かべていたが、悲しみをたたえていた。
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