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 車の外からそんな声が聞こえ、生吹が顔を上げる。 「め、ぐむ……?」  なぜかそこには慈が立っていた。暗くてよく見えないが、その表情は泣きそうに歪んでいることは分かる。 「なんで……」  慈は掠れた声でそれだけ言うと、その場から駆け出していった。  生吹は慌ててタクシーを降りると、まだ車内に残っていた留奈に、ごめん、と言って持っていた一万円札を投げるように渡して慈の後を追いかけた。後ろから、自分を呼ぶ声が響く。けれど生吹はそれに構うことなく、小さくなっていく慈の背中を追いかけた。 この背中を今見失ったら、慈を失うことになる――そんな気がして、必死で生吹は走った。 慈の指先を捉え、腕を伸ばす。掴んだ上着をそのまま引き寄せると慈がバランスを崩して前に転びそうになる。生吹は咄嗟に慈の体を抱きしめ、そのまま道路に転がった。したたかに打った肩が痛かったが、腕の中に慈がいることにほっとした。 「離して、生吹。もう、分かったから……」  起き上がり、生吹の腕の中から逃れようとする慈の声は掠れていた。 「分かったって何が? おれは全然分かんないんだけど」  慈を離すまいと強くその体に腕を廻したまま地面に座り込む。辺りに人影はなかったが、誰かいたとしても、奇異の目で見られたとしても離すつもりはなかった。 「だって……スマホ、全然出てくれないし、返信もないし……飲み会楽しいのかなって、やっぱりオレじゃダメなのかなって、思って……」  慈の言葉に生吹はスマホを取り出した。確かに慈から着信もメッセージも入っていた。きっと、酔いつぶれていた間に来ていたのだろう。 「ごめん……」 「やっぱり会いたくて、家まで行ったら女の子と帰ってくるし……もう、オレとは無理ってこと、だよね……?」  慈が生吹の胸を両手で押す。生吹はその手を掴んで、慈にキスをした。今までしたものとは違う、深く貪る様なキスだ。 「おれは、慈が好きだ。慈が他の誰かと付き合いたいと思っても、おれは、慈を離すつもりないから」 「それ、ホン……」 「ホントでしょうね?」  慈の言葉に重なる様に声が飛ぶ。生吹が驚いて振り返ると、そこには仁王立ちの女の子がいた。先日慈といた女の子だ。  生吹は立ち上がり、慈に手を差し伸べた。それを取り、慈も立ち上がる。 「真帆ちゃん……」  生吹の後ろへ視線を向けた慈が呟く。やっぱり慈と特別な関係なのかと生吹は彼女を見つめた。そんな生吹に真帆と呼ばれた彼女は大きくため息を吐く。 「ホントかって聞いてるの。慈のこと、ちゃんと好きなの?」 「好きだ。慈しか要らないんだよ、おれは。たとえ、一生慈に触れられなくても、おれは慈しか愛さない」  真帆をまっすぐ見つめ、言い放った後で、慈を見やる。慈は大きな目に涙をいっぱいに溜め、笑顔で頷いた。 「よかったね、慈。やっぱり慈の考えすぎなんだよ」  真帆はこちらに近づくと、慈に手を伸ばした。頭を撫でると、慈がそれを受け入れながら、でも、と真帆を見やる。 「だって……生吹、こんなカッコいいんだよ? その相手なら最高に可愛くないとダメでしょ」  慈が真剣に真帆に返す。それを聞いた生吹が笑い出した。それから慈の手を取る。 「慈は最高に可愛いよ」 「い、ぶき……」  生吹の言葉に慈が赤くなる。その顔を見ていた真帆は大きくため息を吐いた。 「もう私邪魔みたいだから帰るね」 「あ、うん……ありがと、真帆ちゃん」  気を付けてね、と慈が真帆に手を振る。真帆はそれに手を振り返してからその場を離れた。二人きりになり、ようやくお互いが薄汚れていることに気付いた生吹は慈の肩の埃を払いながら口を開いた。 「慈……とりあえず、ウチ、来ないか?」 「……あの、女の子は?」 「おれは、慈が好きって言ったはずだよ。多分、誤解してるから、話聞いてくれる? 慈の話も聞きたい」  生吹が言うと、慈は小さく頷いて、生吹の手を握りしめた。
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