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【番外編】可愛いきみと初めてのクリスマスを
クリスマスは恋人同士にとって特別な日。
いつからだろう、家族ではなくて、恋人と過ごすことを夢見るようになったのは。
今年は絶対に生吹とクリスマスを過ごして、あわよくば一緒に朝を迎えたい――そんなふうに思っていた慈は隣を歩く生吹をじっと見つめた。
クリスマスの予定空けてね、と一言言えばいいだけなのに、それがなかなか言い出せない。
生吹のことだから、どうして? と聞き返されるかもしれない。バイト入れたんだよね、なんて普通に断られたりするかもしれない。そもそも生吹が誘ってくれてもいい話なのだ、どうして自分ばかりがこんなにヤキモキしなくてはいけないのかと思えば、なんだか腹も立つ。
「……お腹空いた? 慈」
キャンパス内を歩いていた生吹が慈を横目に見やる。その言葉に慈はむっとして生吹を見上げた。
「オレが食い気ばっかりだとでも思ってるの?」
「いや、なんかこっち睨んでるみたいだったから、外のカフェじゃなくて学内のレストランで昼にした方がよかったのかなって」
「まだ平気! それにカフェに行きたいって言ったのはオレだよ」
今日は午後イチの講義が休講になり時間が空いたため、慈がせっかくだから外でランチしようと誘った。以前から行きたかった可愛らしい外観のカフェで、こんなところでデートしてみたいと思っていたのだ。
「ならいいけど」
生吹はそう言って微笑むと地図アプリを開いて、地下鉄の方がいいかな、なんて呟く。
「ねえ、生吹こそ、いいの? そのカフェで」
慈が指定したカフェは、おとぎ話がテーマのパステルカラーで統一された店だ。確か大きなぬいぐるみも店内にあって、自由に写真が撮れる、と以前同級生の女の子が写真を見せてくれた。
生吹が行きたいとは到底思えない。
「慈が行きたいなら、どこでも付き合うよ」
生吹がそう言って微笑む。
心臓が飛び跳ねて、くらりと眩暈がした、気がした。
平日の昼前のためか、店にはすんなりと入ることが出来た。お互いに長くて口にするには少し恥ずかしい料理名をオーダーして、ふう、と息を吐く。
「テーブルも可愛い。壁の絵、白雪姫だ」
可愛いを連呼しながらスマホで写真を撮る慈を見つめながら生吹が笑う。
「……何?」
「いや。楽しそうだなあって思って」
「楽しいよ? 生吹、やっぱり嫌だった?」
慈は可愛いもの、キレイなものが好きなので抵抗ないが、店内に男性が自分たち以外いないという状況はやっぱり少し居心地が悪いのではないかと思い、慈が聞く。
「いや。楽しそうな慈が見れて嬉しい」
「そ、そう……それなら、いいけど……」
生吹はいつも優しい。こんな時までドキドキする言葉をくれるから、慈はそわそわしてしまう。
ここで生吹に大好き、なんて叫んでしまいそうだ。
「お待たせしました。『人魚の集めた宝物~海のパスタ~』と『アリスのお茶会~白うさぎセット』お持ちしました」
可愛らしいフリルたっぷりの制服を着た店員が恥ずかしげもなく料理名を口にしてテーブルに皿を置く。
「それから、こちら当店のクリスマスケーキの試食をサービスしております。生クリームとチョコ二種類ございますので、もしお気に召しましたら帰りにお声掛けくださいませ」
料理の皿の他に小さな一口サイズのケーキが二種類乗った皿を置いて、店員がテーブルを離れる。
「クリスマスケーキだって。めっちゃ可愛い!」
一緒に店員が置いていったパンフレットを手に取った慈が思わず口にする。
生クリームのケーキは、雪の女王がモチーフで、ホワイトチョコで作られた雪の結晶がキレイなケーキだ。一方のチョコは、白雪姫がモチーフでマジパンで作られた森の動物たちが愛らしいものになっている。
「生吹、どっちか買わない?」
「え? ああ……慈が食べたいなら」
「食べたいならって……生吹、どっちがいい?」
そう聞けば、一緒に食べたいんだと分かってくれると思った。けれど生吹はパスタにフォークを突き刺しながら、別に、と口を開いた。
「どっちでも。慈が食べるんだから、慈が選んだらいい」
突き放された気がした。生吹は、クリスマスは自分と過ごす気はないのだ。だから、クリスマスケーキなんか興味ないのだ。
「……帰る」
「は?」
驚いて顔を上げた生吹を見つめ、慈はもう一度低い声で、帰る、と繰り返した。
「あと生吹全部食べていいから、バイバイ」
慈は荷物をまとめて上着を着ると、すぐに席を後にした。背中に、慈、と自分を呼ぶ声が聞こえたが振り返らなかった。
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