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普通、恋人同士ならクリスマスの話題になった時点で察するはずだ。どこに行こうか、とか何して過ごそうか、とかそんな話に発展すると思っていた。
しないということは、端から生吹は慈とは過ごす気がないのだ。
それを突き付けられた気がして、慈はぎゅっと唇を噛み締めて、家路についた。
そして、迎えたクリスマスイブ。
慈は昼を過ぎても起きる気になれなくてベッドの中で寝返りを打った。
生吹と過ごせるかもしれないと思ってバイトも今日と明日、無理を言って休ませてもらった。こんなことになるならバイトを入れてもよかった、と思うと、ため息が出る。
生吹と一方的にケンカ別れしてから、生吹には会っていない。それどころか電話もしていないし、メッセージも送っていなかった。
生吹からも何もない。本当に自分のことなんかどうでもいいのだと思うと、少し泣けてくる。
涙が出ると鼻水も出てきちゃって、仕方なく慈はベッドから這い出た。その時だった。
インターホンの音に、慈は首を傾げた。特に荷物が届く予定もないし、誰か来ることもない。
慈は鼻をかみながら玄関へのそのそと歩いて行った。
「はい」
『慈? おれ』
玄関ドアの向こうから聞こえるのは生吹の声だった。
慌てて慈がドアを開けようとする。が、そこで止まった。
髪はぼさぼさだし、パジャマだし、鼻も目も赤いはすだ。こんな姿、生吹に見せたくない。
「今、会いたくない」
『この間の、怒ってる? ごめん、おれ、気づけなくて……』
「もう、いいよ」
『そっか……とりあえず持って来たものドアの前に置いておくから、後で見て』
じゃあ帰るから、と生吹が言う。じゃり、と靴の音がして生吹が歩いていくのが分かった。
少しずつ、生吹が遠くなる音がする。
――やっぱり、嫌だ……!
慈は裸足のままたたきに降りると、ドアを大きく開けた。
「生吹!」
呼び止めると、その背中が振り返る。
「やっぱり、帰らないで……一緒に居て」
泣きそうになりながら、慈が言う。生吹は優しく笑むと頷いてから、口を開いた。
「そのために来たんだよ」
慈の部屋の小さなテーブルの上には、生クリームのケーキとチョコのケーキ、二つが並んでいた。
そしてあの日結局食べられなかった、アリスのお茶会と名のついた、サンドイッチのセットもある。
「料理は、ホントはテイクアウトできないらしいんだけど、無理言ってお願いしてきた。あの日、慈食べないで帰っちゃったし」
生吹はキッチンで紅茶を淹れると、カップをふたつ持ってこちらに戻ってきた。この紅茶もあのカフェで買ったものらしい。
テーブルを挟んで向かい側に座った生吹から紅茶を受け取った慈は微笑む。
「ありがと……生吹」
「いや、悪かったよ。慈の気持ち、理解できなくて……お前の女友達にさんざん怒られた」
慈は仲のいい数名の女の子の友達に生吹との関係を話している。ここ数日慈の元気がないと心配してくれた子たちが生吹と話をしたのだろう。
「それは……大変だったね」
「でも、気づけてよかったよ。おれ、あの日ホントにケーキはどっちでもよかったんだ。だって、慈が好きなもの食べて欲しかったから……慈が選んだ方を買ってやるつもりだった」
「生吹……」
「不安にさせてごめんな」
生吹がぺこりと頭を下げる。慈はかぶりを振った。
「オレも、疑ってごめん……生吹、クリスマスはオレと過ごすつもりないのかもって思っちゃって……」
そう言うと、生吹が不思議そうな顔をする。それから、ふ、と笑って口を開いた。
「慈以外、誰と過ごすって言うの? おれだって、クリスマスは恋人と過ごしたいよ」
生吹はそう言うと慈を見つめた。途端、慈は恥ずかしくなり目を伏せる。
だって今、慈は寝起きのままだ。ホントに自分で思うくらい可愛くないから、本当はあまり見てほしくないのだ。
「ね、生吹、少し時間ちょうだい。オレ、着替えてくるから……」
「そのままでいいよ。今日は慈の部屋でデートしたいと思ってたし」
「でも、今、オレ可愛くないし……」
「可愛いよ? 慈って寝ぐせですぐ耳の後ろの髪はねるよね。そういうのも可愛い」
生吹がそっと慈の髪に手を伸ばす。指先で触れられ、慈が真っ赤になった。
「い、生吹! せっかくだからケーキ、食べよ! オレ、クリーム食べたいな! 雪の結晶食べたい」
「うん、いいよ」
慈が慌ててケーキに直接フォークを刺す。口に運んだケーキは甘くてしっとりしていて美味しかった。
ケーキを頬張る慈を生吹が笑顔で見つめる。慈はずっと見られているのが恥ずかしくて、何? と視線を向ける。
「いや……口元にクリーム付けないかなあって、待ってた。付けたら舐めとる口実でキスできるのになあって」
「な、な、何、言って……キ、キスくらい、いつでも……どんと来い、だ!」
「何それ……でもまあ、そういう慈も好きだよ」
そう言うと生吹はふいに近づいて、小さくキスをした。
「オレも……好き」
ぽつりと出た言葉に、生吹が微笑んで頷く。
「おれチョコのケーキ食べようかな。慈も食べるだろ?」
生吹の笑顔に慈が頷く。
久々のキスは、甘くてすぐに溶ける雪のようだった。
次のキスはチョコの味がするかもしれない――そう思って慈はそっと生吹に近づいた。
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