秘密の作戦

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秘密の作戦

※お題「鈍感な攻めに頑張ってアピールするけど撃沈する小説」  今日は久々に家に生吹が泊まりに来る。  いつも泊まりに来てもなんとなく過ごしてしまって、結局気付くと朝で、未だに一線を越えていない。  それでも生吹が好きだし、生吹も好きでいてくれるし、幸せな毎日だ。  けれど。 「やっぱり、触って欲しい……」  慈は鏡に映る自分の髪を指先で直してから、全体を見やった。下着一枚にエプロンを付けた姿に、今更ながら少し恥ずかしくなる。  けれどこれは慈の今日の作戦の一部だ。  慈の作戦の流れはこうだ。  まずは下着エプロンで生吹をお迎え。ドキドキしてくれるだろう生吹に、今日は暑くて、なんて言ってあえて普通に接して、お昼ご飯を作ってあげる。  そこは料理が壊滅的に下手な慈なので、そうめんを茹でるだけと決めている。デザートには棒アイスだ。あえて少し溶かして手首に滴ったアイスをしどけなく舐める。大事なのは、しどけなく、というところだ。生吹がそんな気分になる様にしなくてはいけない。  そこで襲ってくれたら大成功だが、ダメならそこで、汚れたからシャワー浴びるね、とエプロンを取る。そして最後に一言、「一緒に浴びる?」 「これで落ちない生吹はいないでしょ!」  オレ天才、完璧な計画、と自画自賛していると部屋のインターホンが鳴った。慈が慌てて玄関へと向かう。 「慈、来たよ」  玄関の向こうのその声を聞いて慈が大きく息をしてからドアを開けた。 「いらっしゃい、生吹」  笑顔で出迎えると、生吹の方は驚いた顔をしていた。 「慈、その格好……」 「え? な、なんか、今日暑くない?」  平静を装って部屋に戻ると、生吹は、まあそうだな、と納得する。いつも通りに小さなテーブルの前に座る生吹に、慈は少しだけ眉を下げた。それでも気を取り直して、ねえ、と生吹に声を掛ける。 「お昼、そうめんでいい? 茹でてあげる」  慈がキッチンに立って鍋に水を張る。すると生吹が立ち上がった。こちらに近づく気配に慈は期待しながら待つ。そのまま後ろから抱きしめて貰えるかも、と思っていると、肩にかかったのは腕ではなく、カーディガンだった。 「お湯跳ねたら火傷するから、上だけでも着た方がいい」  生吹が微笑む。慈はそれに素直に頷いてカーディガンを着た。これはこれでエロい格好だよな、と思考をプラスに変えて鍋を火にかける。 「手伝うよ。ねぎと大葉も買ってきてくれたんだ。おれがこっち切るから、慈は麺よろしく」 「う、うん……」  少しは料理ができるようになったアピールをしようと思っていたのに、結局生吹のスマートな包丁さばきを見ることになってしまった。  それでも、まあここは別にアピールポイントじゃないし、と慈は気持ちを切り替える。けれど、生吹の器用な指先を見つめていると、なぜかこちらがドキドキとしてしまっていた。  お昼を食べ終え、後片付けを手伝ってくれた生吹に、慈がアイスを差し出した。次の計画に移るつもりだ。 「デザート」 「おう、サンキュ」  ベッドを背もたれにして座り込み、テレビを見ていた生吹が慈からアイスを受け取る。慈はその隣に座り、アイスを手にする。少し溶かさなきゃと思い、生吹を見やるとその形のいい唇がアイスを咥え、そのまま噛り付いていた。その後で赤い舌が自身の唇を舐めていく。いつも見ているつもりの生吹の仕草に、慈はなんだか妙にドキドキしていた。さっきから、心臓がおかしい。 「慈、早く食べないと垂れてるよ」  生吹がこちらを見る。その言葉に慈は自分の手元を見やった。アイスが溶けて雫が手首に垂れている。慈は慌ててそれを舐めた。慌てすぎて全然しどけなくなんか出来ない。 その内手に持っていたアイスも溶けて、ぼたりと床に落ちた。 「ほら、ティッシュあるから、とりあえず拭けよ」  テーブルの上にあったティッシュケースを差し出して、生吹が笑う。その笑顔はすごく好きだが、笑われているのは自分なのでめちゃくちゃ恥ずかしい。 「オレ……シャワー浴びて来る」  慈は立ち上がるとカーディガンを脱いでエプロンを外した。それから生吹を見下ろすと一瞬驚いた顔をした生吹が、それでも優しい顔に戻って、いいよ、と頷いた。 「い、生吹も……一緒に……ど、お?」  精一杯の勇気を振り絞って慈が震えた声で言い、生吹を見つめる。 「おれは、ここ片付けておくから。次はちゃんと服着ておいで」  いつもの優しい顔でそう言われ、慈はぐっと唇を噛み締めて風呂まで走った。そのまま風呂場へ飛び込んでドアを閉める。 「……全然、なびかない……」  やっぱり自分には魅力がないのだろうか。抱きたいと思ったりしないということなのだろうか。というか、好きだと思っているのは自分だけなのだろうか―― 「へこむ……」  慈はため息を吐いてからシャワーを浴び始めた。  生吹に言われた通り今度はちゃんと服を着て部屋に戻ると、おかえり、と生吹が笑顔で迎えてくれた。それでも素直になれない慈は何も言わずにベッドに上がると、そのまま壁に向かって転がった。 「慈? 具合悪い?」  心配そうな声が背中に掛かる。それでも慈はそれを無視して目を閉じた。しばらく沈黙が続く。  すると不意にかたりと音がした。きっと生吹が動いたのだろう。このまま帰るのかもしれない。こうして生吹を無視しているのだから、それも仕方ないだろう。次のケンカはどのくらい長引くかな、なんて思うと、慈の胸はぎゅっと痛む。瞼の内側でじわりと涙が溢れた、その時だった。  どさり、と音がしてベッドが大きく軋む。それに驚いていると後ろからぎゅっと抱きしめられた。 「い、ぶき……?」  目を開けて、ほんの少しだけ振り返ると、慈の項に顔を押し当てる生吹が見えた。 「もう、どうしたらいいんだよ」 「え?」 「慈だろ、初めては特別にしたいって言ったの。こんな、いつもの部屋じゃ嫌だろ?」  生吹は言いながら自身のスマホを開き、慈の目の前に差し出した。そこには予約完了のメール画面が映っている。 「夜景が見えるホテルの、スイートルーム。さすがにディナー付きにはできなかったけど」 「嘘……」 「嘘じゃないよ。だから、煽るな、誘うな」  おれの理性限界なんだよ、と生吹が慈をぎゅっと抱きしめた。 「さ、そえてた、の?」 「めちゃくちゃ。今も、風呂上がりのいい匂いしてて、可愛くてちょっと辛い。でも……やっぱりおれも慈との初めては特別にしたいから」  我慢する、と首にキスをされ、慈はびくりと体を震わせた。  そうだったのか、と思った。興味がないわけじゃなくて我慢してくれていた。それが嬉しかった。 「前日まで秘密にしておこうと思ってたのに」 「ごめんね、生吹……大好き」  体の向きを変え、生吹と見つめ合う。生吹は少し不機嫌な顔をしていたが、慈が軽くキスをすると、許す、と今度は生吹からキスをしてくれた。 「楽しみだね、ホテルデート」 「そうだな」  生吹が慈の額にキスをしてそのまま胸に抱きしめる。秘密の作戦は失敗に終わってしまったけれど、慈は生吹の香りと鼓動を感じながら、幸せな気持ちで目を閉じた。
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