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「オレは……生吹としか、しない」 「そうなんだ。そうやって操を立ててる子を無理矢理自分のものにするのって楽しそうだね」  見上げたキレイな笑顔に、慈の背中はぞわりと冷えた。なんとしても逃げなくてはいけない。この人とは多分会話も出来ない。  そう思った慈は木下の手を肩から払いのけ、起き上がろうとした。その時だった。  片手で喉を押さえつけられ、そのままベッドに組み敷かれる。息も出来ないまま木下を見上げると、空いた片手で慈の着ていたシャツを引っ張り、そのまま力任せに引き裂いた。 「大人しくしてろ」  苦しさと大事なシャツを破かれたショックと恐怖で、慈の目から涙が零れる。それを見た木下が楽しそうに笑った。 「僕、可愛い子の泣き顔も好きなんだよ。いくらでも泣いて?」  喉を押さえていた手が解け、慈は思わず咳き込む。それでもこの手が離れた瞬間に逃げなければと思った慈は、苦しさを我慢して木下の体を跳ね除け、ベッドを降りようとした。 「おっ、と……可愛くてもやっぱり男だな。女の子みたいにはいかないか」  木下は相変わらず楽しそうに笑いながら慈の腰に腕を廻して引き寄せる。このままだと力の差でまた押さえつけられてしまう。そう思った慈は助けを呼ばなければと、木下の腕を引きはがした瞬間にパンツのポケットに入れていたスマホを取り出した。慈がスマホを手にしたその時だった。突然スマホが震え、着信を告げる。相手の名前までは見れなかったけれど、とにかく通話ボタンを押そうと画面に指で触れた。  その時、慈の頬に鋭い痛みと衝撃が走った。殴られたと思った時には、その勢いに慈の体が跳ね飛ばされ、床に打ち付けられる。手にしていたスマホもどこかへ消えてしまった。 「煩わせるな。大人しくしろって言ったよな?」  倒れた慈の体に馬乗りになった木下は、慈の髪を無造作に掴み、そのまま引っ張る。痛みで顔を上げた慈の目に、さっきまでの優しそうな顔はなかった。こちらを見下す目とイラついたように歪む口元が怖い。 「やだ……やめて、助けて……」 「大人しくしてれば優しくするから」 「嫌だ! オレは生吹としかしない!」  慈は震える唇に力を入れて噛みつくように答える。するとまた、木下の手がこちらに振り下ろされ、さっきとは逆の頬を打った。 「残念だけど、初めては僕のものだ」  パンツのボタンに手を掛けられ、慈は身を捩ったが、また頬を打たれ、慈の目に涙が溜まる。  痛い。辛い。苦しい。怖い。  ガタガタ震える体を木下の手がゆっくりと撫でていく。それから腫れた頬に指を伸ばした。 「……これ以上、慈くんの可愛い顔、殴らせないでよ」  黙って僕を受け入れればいいんだから、と木下が慈に顔を近づけた、その時だった。  部屋のチャイムが響き、激しいノックの音も聞こえた。当然慈も木下も驚いてドアに視線を送る。  けれど黙っていれば大丈夫と思ったのだろう。木下は慈の口を手で塞いで黙り込んだ。 「んん……」 「黙れ。殴られたくないだろ?」 「……ふ、ん……」  怖くて、どうしても嫌で、自然と涙が溢れてくる。助けて、と叫びたいのに声が出ない。  こちらが黙っていると、チャイムもノックもピタリと止んだ。それを確認して、木下は慈の口から手を離す。 「やだ……助けて、生吹……」 「……染島くんは今頃女の子とこういうことしてるんだろ? 慈くんと楽しそうに話してた子、口説いて持ち帰ったんだから」  そんなこと分かっている。普段飲み会に行っても持ち帰ったりしない生吹が口説いたのだから、よほど気に入ったのだろう。彼女に夢中な生吹が自分のことなど気にも留めてないはずだ。  分かっているけれど、悲しくて寂しくて涙が止まらない。 「ほら、僕が慰めてあげるから……大人しく脱げよ」  もう慈の中の感情はぐちゃぐちゃで自分でも訳が分からなかった。全ての思考が止まった気がした。  もうどうでもいい。この辛くて怖くて悲しい時間が終わるのなら、何をされてもいい。  慈はそう思って破かれたシャツに手を掛けた時だった。 「慈!」  そんな声とドアの開く音に慈が手を止める。 次の瞬間、慈は力強い腕に抱き寄せられていた。見上げると、そこには生吹が居て、こちらを心配そうに見つめている。 「慈、分かるか?」 「生吹……い、ぶき……!」  ああ生吹だ――そう思ったら今度は安堵の涙が零れていた。生吹の背中に腕を廻し、思い切り抱きつく。それでも体の震えは止まらなかった。 「えっと……滝沢慈さん、今事実確認だけさせてもらえますか?」  生吹に抱きついていた慈にそんな声がかかり、慈が顔を上げる。声を掛けたのは警官の制服を着た女性だった。慈が頷く。 「あー……すぐ病院向かった方がいいかもしれないですね。詳しいことは治療後にするとして……今回のことは合意ですか?」 「……いいえ、違います」  女性の目をまっすぐに見て慈が答えると、女性は、ありがとうございます、と言ってから傍に居た男性警官に、事実確認取れました、と伝える。  極度の緊張から解放され、生吹の温もりに包まれた慈はそのまま意識を手放すように眠りに落ちて行った。
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