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 ビニール傘に雨粒が跳ね返り、激しいリズムを響かせている。お気に入りのレインブーツの出番が多いのは嬉しいけれど、ヘビロテしているジーンズが濡れるのはやっぱり嫌で、滝沢慈(たきざわめぐむ)は不満のため息を吐いた。 「もうホント雨やだ。じめじめしてて、梅雨大嫌い」  慈が言うと、大学から駅に向かう帰り道を同じように黒い傘を差して歩いていた染島生吹(そめじまいぶき)が、そうかな、とこちらを見やる。  その顔は穏やかで優しい。慈はそんな生吹の横顔が好きだった。いや、正確には高い鼻がよく見える横顔も少し垂れた優しい目と大きめの口が印象的な正面から見る顔も落ち着いた声も見慣れた仕草も何もかも好きだった。  でも一緒に居たいという理由だけで、告白はせず親友のポジションにずっと収まり続けている。このままじゃ何も変わらないと分かっているけれど、傍に居られなくなるのは怖いのだ。 「おれは、雨嫌いじゃないなあ」  雨の音って落ち着かないか、なんてのんびり聞くので、慈は髪を乱しながら思い切り首を横に振る。 「全然。オレは晴れの日の方が好き」 「慈らしいな」  隣でくすくすと笑う生吹を見上げ慈は、だって、と言葉を返した。 「晴れの日の方が出来ること多いだろ? だからやっぱり晴れが好き」 「そうかなー? 雨だからできることもあると思うよ」 「ないね!」  きっぱりと慈が言うと、生吹は、頑固だなあ、といつもの呆れ顔で小さなため息を吐いた。 「じゃあ、今度の雨の日、オレに『雨の日も悪くない』って思わせてよ」  絶対思わないと思うけど、と慈が隣を見上げると生吹は、いいよ、と微笑んだ。その笑顔が優しくて、カッコよくて、眩しくて、慈はこれ以上見ていられなくて視線を足元に落とした。水たまりに自分の影が映っている。いつもはもっとふわふわとしているミルクティーブラウンの髪も、こんな日はぺしゃんこで、全く可愛くない。こんな姿を生吹に見せてしまっているこの現状すら嫌なのだから、やっぱり雨は好かない。  そんなことを思いながらため息を吐いたその時、生吹からスマホの着信音が響いた。短いその音はメッセージの受信だ。 「あ、相崎からだ。週末、飲み会来て欲しいって」  生吹はスマホをポケットから取り出し画面を覗くと、そう言った。首を傾げる慈に、その画面を見せる。確かに友人の相崎から、人数足りないから来て欲しい、と書いてある。 「……生吹だけ?」  オレのところには来てないけど、と慈が拗ねた顔を生吹に向ける。すると生吹はスマホを戻して返信を打ち始めた。それから再び慈に画面を見せる。 『今慈と一緒。おれだけ誘われてて、慈おこなんだけどww』というメッセージに慈は思わず笑ってしまう。慈が画面を見ているうちに相崎からの返信が来る。 「慈もペット枠で来ていいから……って、相崎、こらー!」  すぐにメッセージを読んだ慈が言うと、笑いながら生吹が、どうする? と聞く。慈はそれに、うーん、と少し考えてから口を開いた。 「女の子の人気は全部ペットが頂くけどいいかって聞いて」 「なんだそりゃ……そう送ったけど」  慈の言葉に笑いながら生吹が返信をする。笑いながら相崎からの返信を二人で待つ。しばらくすると、『受けて立つ!』というスタンプの返信が届いて生吹と二人で吹き出すように笑ってしまった。 「おおー、勝負だ、勝負! 生吹、時間と場所聞いて、後でオレにもメッセ送っといて」 「ん、了解。でも、ホントに行くのか?」  聞きながらも相崎に返信を送っている生吹に慈は、なんで? と聞く。生吹はスマホに視線を落としたまま、だって、と答えた。 「慈、飲み会の間いつも不機嫌だろ。まあ、それでも女の子たちは、『激おこチワワ』って言って喜んでるけど」 「チワワ……? え、もしかしてペット枠って、それ由来?」 「多分。まあ、この次は機嫌よくいろよ」  生吹はそう言って微笑む。慈はその言葉にため息を吐きそうになり、それを押し込んで、頷いた。そんな慈に生吹が、この後どうする? といつものように聞く。 「雨だしなあ」 「じゃあウチ来て飯でも食うか?」  その後レポート一緒にやろう、と生吹が微笑む。慈はそれに大きく頷いた。 「ご飯オレが作る!」 「慈が?」 「今度は大丈夫! シェフ・メグムに任せな」  にやりと笑うと、生吹が吹き出すように笑う。そんな顔も慈は大好きで、心臓が痛くなるほどときめいてしまう。 「頼りにしてますよ、シェフ」  生吹が慈の頭に手を伸ばし、その髪を撫でる。慈はそれをドキドキしながら受け止めて、うん、と頷いた。
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