46人が本棚に入れています
本棚に追加
久々に我が家に戻ってきた雅の目は、キッチンカウンターの上に釘付けになっていた。
そこに置いていたのは幻の焼酎『霧舟哀愁』だったからだ。
「もう届いてたの!? まだ330……何日かしか経っていないのに」
「これは……いろんな店に行って探したんだよ……。でも本当にどこにもなくてさ。で、あの居酒屋のマスターにお願いして譲ってもらったんだ」
「そっかあ。そんなに気に入ったんだ? 美味しかったもんね」
「いや、雅にさ……話に行こうと思ってたんだ。戻ってきて欲しいって。食い物……飲み物で釣ろうと思ったんだよ」
「戻って来ちゃったし、もうその必要ないね」
ふわふわと笑う雅がかわいい。
だけどそんな純粋な表情を見ていると、ズキリと良心が痛んだ。
これが人の弱みにつけ込んでというやつだ。
「たぶん……というか絶対『幽霊』はいなかったと思うよ。やっぱり雅の家について行ってあげるからさ」
それを聞いた雅が震えるように首を横に振って「やだよ」と呟く。
「わたしわかったの。ここがいいの。お願い」
涙声になって一心に俺を見上げてくる。
「すごく寂しかったの。高晴がいなくて。それに、朝は高晴の作ったお味噌汁が飲みたいって思ったの。他にも大根おろしの豚肉のやつとか、茄子味噌炒めとか、あと、あと、時間があったら作るって言ってた特製おでんも食べたいし……」
全部が食い物の事だったけど、そこはあえてつっこまなかった。
「わたし、バカみたいに『孫悟空になんてなるもんか!』って思ってたんだ。でもさ、関係ないんだよ。どんな形でも高晴と出会えて良かったって思ってる。大好きなの。一緒にいたいの。高晴の側にいてもいい?」
雅の言葉は強くて真っ直ぐで、心を撃ち抜く。好きな人からこんなに気持ちを向けられると、怖いわけじゃ無いのに体が震えるんだと初めて知った。
手に焼酎を握りしめる。そしてこれは幻の焼酎からエンゲージ焼酎へと成り代わる。
「雅……俺のお嫁さんになってくれますか?」
「もちろん!」
速攻で返事をした雅が焼酎を受け取ってくれた。それはやっぱり1秒もかからなかった。
あまりにかわいくて腕の中に閉じ込めた雅がそろりと見上げてきた。
「お見合い結婚でもいいよね?」
「お見合い? まさかそれが嫌だったの?」
「いろいろあるのよ。じゃあ酒盛りしながら話してあげよう」
「もうそれ開けるのかよ?」
雅の決断は本当に早い。幻の焼酎も1時間で胃袋へと消えてしまうことだろう。
「いいじゃん」とかわいい未来のお嫁さんがウシシシと笑った。
了
最初のコメントを投稿しよう!