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焼きそばのビニール袋を持って、金森と離れないように人の波の押し寄せる土手を歩く。 「どっかで食べる?」 「うん。」 川辺に降りる階段を渡って、座れる場所に来た。 金森に焼きそばを渡す。 「翔ちゃんは幼稚園でね。」 「うん。」 「翔ちゃんのお母さんは美容師さん。お店はあの商店街にある。」 「うん。」 「翔ちゃんのお父さんは…」 「ウチのバイト先の店長」 金森は焼きそばを口に入れながら言った。 「金森…」 「ウチの彼氏だよ。あの人。ウチのだよ。」 泣きながら焼きそばを次々に口に運んでいく。 「ウチ、本気で好きなのに。なんで?」 「…わかんない。」 僕も焼きそばを食べた。夜風が程よく吹いている。 「焼きそば、おいしいね。」 「アイツ、ばか。こんな時、気いつかってんじゃねーよ」 「ん?」 「歯にのりつかなくて助かる…。紅生姜、多くて私の好みの味…ばか。ばか。」 焼きそばには青のりがかかっていなくて、紅生姜が少し多めに添えてあった。 「…ウチ、バイトやめるわ。」 一発目の花火が上がった。 「花火…上がった。きれい。」 僕には恋人なんていらないと思っていた。ただただめんどくさいって。 「大人ってずるいね。金森」 「…うん。」 一輪ずつ花火が上がる。開いては散る。 「ねえ、金森。なんで今日、花火に来たの?」 「そんなん、花火好きだからじゃん。」 違う。多分。 「宮田って、さとるって呼ばれてんの?」 「え、うん。」 「ウチもそう呼びたい。」 「どうぞ」 2人でずっと花火を見ていた。 なにも喋らず、ただずっと。 「ねえ、また来よう。さとる。」 金森は、恋に終止符を打ったようだった。 スターマインに照らされた顔が夕方に見た顔より大人に見えた。
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