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顛末
それから、およそ一週間後の話だ。
「……やってくれましたね」
喫煙室でぼんやり煙草を吸っていた私に声をかける人物がいた。私の名目上の上司、鎧塚警部だ。
「どうも」
私はそれだけ答えた。
川村伊織は、龍彦を殺してはいなかった。だが、だからと言って無実とは言えないのは明らかな話だった。窃盗、殺人未遂、保護責任者遺棄致死。それをなんとか揉み消すために私はいろんな誤魔化しや職務怠慢を駆使していた。
また同時にこれは、川村龍彦の銃撃死事件の捜査自体は、振り出しに戻ったということだ。
ことの成り行きに鎧塚警部はいたく不機嫌だったが、それでも川村伊織の今後に腐心する私を阻止しようとはしなかった。「全責任はあなたが負ってくださいね」と、それだけ言って。
だが、それが正解であるかも、私には分からない。
公平に考えてみて、伊織が語った川村家の事情が、どこまで真実で、どこまでが彼の思い違いや妄想なのかは分からない。もし近親相姦が事実でなかったとすると、私は不当に奪われた被害者の生存権を度外視して保護責任者遺棄致死の加害者に肩入れしていることにしかならない。だがもし近親相姦が事実だったとしても、私にはそれを裁く権利はない。とすると、どっちだろうと同じことではないだろうか?
だが、と思う。これはここに至っての私の動機であり、そして疑問でもあった。
「……どうなんでしょうかね。罪に汚れていない、彼が自由に生きられる土地が、本当にこの人間の世界に存在しているのか」
私はそんなことを呟く。
「知りませんよ。あなたの哲学談義に、私を付き合わせないでください」
そう言って彼女は懐から紫色の小さなジッポライターを取り出し、咥えた自分の煙草に火を付ける。いかにも不機嫌という顔をしながら。その手慣れた手つきは、私にとっては少し意外だった。
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