事件概要

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事件概要

 鎧塚妙子は、私の上司に当たるのだろう。本庁から出向してきたキャリア組の警察官僚で、階級は警部だ。そういうキャリア官僚は階級が警部補から始まって、三十を超えれば警視になる。だから彼女はまだ二十代ということだ。黒っぽいスーツ姿に長い黒髪の女で、顔だけ見れば結構な美人だが、その優等生然とした立ち居振る舞いは就職活動中の大学生と見紛うようだ。違いはといえばいつもカリカリしていて不機嫌なことで、食欲を呼び起こすよりは失せさせるタイプの女だった。  彼女が不機嫌なことには、いつもそれなりの理由があった。旧態依然とした地方警察のシステム、いくつもの煩雑な手続きを必要とし遅々として進まない業務、そして、当然防がれるべきだった過失による事故と、信じがたい愚かな理由で引き起こされる事件の数々だ。そして、この日の彼女も、きっとそのどれかのせいで不機嫌なのだろう。 「……聞いていますか、笠原さん? ……笠原巡査長?」  鎧塚警部は不機嫌に問いかけて、言い直す。 「聞いておりますよ」  私は返答を返す。私はといえば、巡査部長への昇格試験にもろくに取り組まず、現場の虫といえば聞こえはいいが、仕事以外では自堕落な生活を送っている警察官、刑事だ。似たような立場にある同僚たちはそれでも家庭持ちで小綺麗にしているのが多いが、私は六年付き合った彼女と数ヶ月前に別れて私生活にも冷たい風が吹いている、たまの休日に公営ギャンブルにでも出かけて居酒屋でくだを巻くのだけが楽しみとなってしまった、そんな薄汚れた四十男だから、鎧塚妙子のような女にとってはことさらに不機嫌を誘発する存在に映っているのかもしれない。 「……では、事件概要について復唱してください」 「何から話し始めればいいですか?」 「…………はぁ」  鎧塚警部は溜め息を吐く。 「十一月十五日に発生した、男性銃撃死事件について。もう一度説明が必要ですか?」
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