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実体化
改札機が閉じられた。
「なんでだ?」
信じられずに、立ち止まった。
「兄さん、実体化してるよ」
多くの人が次々に左右の改札機にパスをかざして通っていくなか。仲間の少年が俺のいる閉じた改札機を通り抜けていく。クスクスと笑いながら、助けることもなく遠ざかっていく。俺はこいつが泣いてるときに傍にいてやったのに。
「この人でなし」
「人 じゃないし」
人ではないから心ないのも仕方ないのか、なんて納得していると、駅員がこちらに向かってきていた。
慌ててポケットを探る。切符やパスカードがはいっている奇跡を期待して。だけど、あるのは小さな箱一つ。手に触れた瞬間、「愛してる」とかなんか聞こえてきたが、今はそんなの気にしてる余裕はない。
駅員は俺と目を合わせた。
やはり。見えるようになってしまった。俺の身体が。なかったはずなのに。こんな奇跡が起こるなら切符くらい入れといてくれよ、と神様を恨みたくなったが、そんな暇もない。駅員はもう手が届く距離だ。
とっさに改札機を無理やり抜けて、走った。このままだと無賃乗車で捕まるという知識はあった。
生前の記憶はほとんどない。でも知識は覚えていて、電車に乗れるし、多少の法律は知っている。その法律が幽霊に適応されるかはわからないけれど。人の形をしているなら、人と同じように罰を受けるかもしれない。
人らしくなった俺は、人ごみに紛れて街に逃げた。身体が震えていた。
寒いからではない。実体化しても体感はない。ならば、魂からくる感情だろう。
きっと、俺は善良な小市民だったのだ。おもに覚えてる知識は筋肉の鍛え方や少年漫画や仕事で困ったときの土下座だ。犯罪なんて無縁だったから、こうして怖がって震えている。
記憶はないが、魂は覚えている。
だからか。日中、俺は吸い寄せられるように毎日同じ街にやってきて、同じオフィスビルへとはいる。
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