悠 希

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悠 希

 高校を卒業した僕は、東京の親戚の家の近くで一人暮らしを始めた。アルバイトをしながらオーディションを受けて、夢であるボーイズグループのメンバーを目指すのだ。  バイトは年上のいとこの美奈が働いているカフェで一緒に働かせてもらうことにした。女の子が多いので力仕事はすべて自分に回ってくるのが玉に傷だが、美奈のおかげもあってみんなの弟のようなポジションで楽しく続けられている。  アルバイトの中に美奈の大親友の美和という子がいる。美奈と美和は名前も背丈も似たり寄ったりであるが、美奈がアニオタであるのに対して、美和はアニメにまったく興味がなく、バイクを乗り回し、ライブに行く活動的な女子だった。自宅が近いので(小学校の幼馴染)、二人は同じシフトの日、美和のバイクに二人乗りして出勤し、帰りも一緒に帰るという。初出勤の帰り、美奈も同じシフトだったから、まだ東京に慣れていないいとこの僕と一緒に帰るものと思っていたが、美奈は僕を店の前にお置き去りにして美和のバイクで帰ってしまった。  ある晩バイトを終えて駅に向かって歩いていると、美和が僕の横にバイクを停め、いつも美奈がかぶっているヘルメットを投げてよこした。 「悠希。乗せて行ってあげる」 「え。バイク乗ったことないんだけど……。大丈夫?」 僕は言った。 「任せて」 美和はハンドルをひねってエンジンをふかした。ふかしたエンジン音にちょっと嫌な予感がしたが、毎日美奈が無事に帰っているのだから大丈夫だろうと、乗せてもらうことにした。ヘルメットをかぶり、バイクの後部座席にまたがり、恐る恐る美和のウエストに手を回す。ちょっとドキドキする。 「カーブの時バイクを横に倒すけど、あらがったりしないで身を任せてね」 そう僕に言い、美和は僕の手をつかんで、しっかり自分のウエストに巻き付けた。 「すこし回り道するね」 美和がそう言った気がしたが、ヘルメットとエンジン音と緊張のせいでよく聞こえなかった。  深夜の道路をバイクで走る。どこに向かっているのか、東京に来てまだ日の浅い僕には皆目見当もつかなかったが、流れるネオンライトがきれいだった。 やがて東京タワーが視界に入った。「家とは反対方向に来ているんだな」その程度はわかった。しばらく乗っていて思った。美和はバイクの運転がうまい。危ない運転もしないので安心して乗っていられる。後ろから女性の腰に腕を回すという僕にとって初めての行為も……、慣れてくるとドキドキから心地よいに変わっていった。  その後も僕を乗せたバイクはネオンライト輝く東京の街を滑走した。どこを通ったのかもわからなかったけど、ぼくは視界を流れていく東京の夜景を楽しんだ。そして、気づくと僕の家の前でバイクは停まった。 「家、知ってたの?」 バイクを降りヘルメットを美和に返してそう言った。 「うん。美奈から聞いてた」 「送ってくれて、ありがとう」 「美奈の代わり。じゃあまたね」 そう言って美和はエンジンをふかし、自分の家に帰っていった。  その後も美奈がいない日、美和は僕をバイクで送ってくれ、僕たちの距離は少しずつ縮まっていった。最初に乗せてくれた時、美和は僕に夜の東京タワーを見せてくれた。次に彼女が見せてくれたのは夜のレインボーブリッジだった。新豊洲のさきにあるぐるり公園というところにバイクを停め、 「ちょっと休憩」 と言って、僕たちはバイクを降りた。美和が 「喉が乾いた」 と自販機に向かったので、僕が先回りして小銭を入れる。 「ありがとう」 彼女はコーヒーを選び、缶を取り出すのを見届けてから、僕の分の小銭をいれ、同じコーヒーのボタンを押した。僕たちは運河沿いの手すりにもたれかかり、レインボーブリッジを見ながらコーヒーブレイクをした。 そこはレインボーブリッジを間近に見ることができ、都心方向に東京タワーも見える。 「レインボーブリッジを通ってお台場に行くことも考えたんだけど、レインボーブリッジ自体を見せたかったからこちらにしたの。橋って通ったら足元でしょ。全景が見えない。少し離れたところで全景を見る方がきれい。近すぎると見えない」 近すぎて見えない……。なんて美和は詩人のようなことを言った。距離が近すぎて気づけないことって日常でもたくさんありそうだな。美和のその言葉は胸に残った。  視線を感じて横を向いたら美和が僕を見ていた。 「えっ。何?」 「悠希って小さい頃からダンスと歌を習っているんでしょ」 「うん。今も続けてるよ」 「見たい。踊ってるところ」 「え?」 周囲を見回してみた。近くに人はいない。少しならいいかと、少しステップを踏んで、最後に「どう?」と言うように両手を開いてポーズをとってみる。 「ちょっとだなあ。しかも音なしだと、うまいのかわかりづらい。音楽かけてあげるから、それで踊ってみて」 美和の要求に応じていくと、ますますレベルアップしていくのかな。適当なところでお断りしておくべきか……。そんな僕の思いはお構いなしに美和はスマホを操作して、曲を選び始めた。どんな曲が入っているか気になり、一緒にスマホの画面をのぞき込む。 「あ!この曲がいい」 「この曲がいい」 僕たちは同時に同じ曲を指さした。アンダルシアの「スローダンス」この曲はダンスレッスンで使われたことがあり、まだ振りを覚えている。美和が曲をスタートさせ僕は緩いステップから踊り始めた。美和も隣でリズムを取りながら体を左右に揺らしている。レインボーブリッジの夜景をバックに、女の子を目の前にしてダンスするのはまるでドラマの主人公にでもなったようで気分が良かった。  曲が終わる。美和が拍手しながら僕の方に 近づいてきて、 「ありがと。かっこよかったよ。本当に小さい頃からずっとやってきたんだってわかったよ」 「え?もしかして疑っていたの?」 「疑ってはいないけど、どんなものかなあって。バイト先の姿からは想像できないダンスだったよ」 「ありがとう」 そう答えてから、ダンスしてる姿を『かっこいい』とほめてくれて、バイト先の姿からは想像できないってことはバイト先の姿は『かっこいい』の反対っていうことで……。今ディスられたのかな? 「ねえ、今、僕、悪口言われた?」 「言ってないよ~。ほめたんだよ。さ、そろそろ家に帰ろうか」 うまくかわされた気分。年上って難しい……。  乗せてもらってばかりなので、お礼に、美和をライブに誘った。美和の好きなグループ『アンダルシア』僕も最近はまっている。  音楽に身を任せ、僕たちはライブ会場ではじけた。 美和はいつもてきぱきしていて行動に迷いがない。ハスキーな声でとてもはっきりものをいう。250CCのバイクを乗り回すなど、男勝りだ。しかし肌が透き通るように白く、漆黒の髪を肩のあたりで切りそろえていて、形の良い薄い唇に真っ赤な口紅をつける彼女の顔は彼女の行動とは対照的にとても女性的というか、ものすごい美人である。彼女目当てでカフェに来る男性客を何人も思い浮かべることができる。 「美和ね、この前いつもお店の前に外車を横づけするイケメンからドライブに誘われたのに断ったんだよ。私を誘えばいいのに。見る目ないわ、あの男」 と美奈が憤慨して僕に話したことを思い出した。美奈と美和は仲良しだが男の好みは違うらしい。そのことも彼女たちがずっと仲良しでいられる理由の一つなのかもしれない。  美和は店でとてもよく笑う。僕のたわいのないジョークですぐ笑い転げる。僕との会話を楽しんでくれている、そう見える。年下の僕のいいところなんて若さぐらいで(ガキということもできるが)彼女を外車で家に送ることもできず、逆に僕が彼女にバイクで送ってもらっている。あのイケメン外車野郎なら一流レストランに彼女を誘うこともできるだろうが、僕にはライブハウスが限界。なぜ僕の誘いに応じてくれたんだろう。疑問に思うが、たぶん、大親友の美奈のいとこだからだろう。そう思ったら胸の奥がチクリと痛んだ。  バイト先に新しいバイトの子が入った。僕と同い年の女の子で、僕が彼女の指導係になった。素直でかわいらしい子だ。仕事に慣れ、すこしだれてきた僕の気持ちも、彼女に仕事を教えるという大役のおかげで、バイトを始めた頃のような新鮮な気持ちを取り戻せた。必然、美和や美奈と話す時間より加奈子と話す時間が増えていった。  僕と美和そして加奈子が同じシフトだった日、なんとなく職場には不穏な空気が流れているような、流れていないような……。  閉店時間近くなったので、僕は片付け作業に入った。外にあるごみ捨て場にごみを捨てて戻ってくると、美和と加奈子が立ち話をしていた。店内にはもう客もいなかったので僕もその立ち話に参加しようと二人に近づいていくと、すっと美和がその場を離れた。後ろ姿を目で追い、加奈子に話しかけた。 「二人で何話してたの?」 加奈子は笑顔で 「悠希君と美奈さん、美和さんのこと。仲が良くてうらやましいですって美和さんに伝えたの。」 「ふーん。なんか美和、怒ってなかった?」 「え~?怒ってないよ。そんな怒るようなこと話してないもん」 加奈子はニコニコしている。一緒にテーブルの紙ナプキンとシュガーの補充をする。手は動かし片付け作業を続けながらも、そっと美和を見る。レジ閉めの作業をしている美和の横顔はいつもと変わりないように見える。異常なし。今日一日感じた不穏な空気は気のせいだったのかなと思った。  片付けが終わり、三人で店の外に出る。 「お疲れさまでした」  帰り道が逆方向の加奈子は僕と美和にそう声をかけて帰っていった。美和もすこし離れたところにあるバイク置き場にバイクを取りに行った。僕はいつもの通り美和がバイクに乗せて帰ってくれるだろうと店の前でバイクを取りに行った美和を待っていた。その僕の目の前を美和は停まることもなくバイクで素通りしていった。 「なんだよ~。今日は乗せて行ってくれないのかよ~」 僕はしょうがなく一人で駅に向かった。 自宅に着くと、なんと入り口に美和が立っていた。 「どうしたの?」 僕は声をかけながら美和に近づいて行った。するとおもむろに美和は僕に殴りかかってきた。 「ちょっと、どうしたの?待ってよ」 僕は美和の攻撃を避けながら言った。美和は僕の問いかけには答えず、攻撃の手を緩めない。僕は美和の右手首をつかみ、さらに殴りかかってきた彼女の左手首もつかみ、攻撃を止めさせることに成功した。彼女の顔を覗きこみ理由を問いただした。 「どうしたの?先に帰っちゃうし、なんか待ち伏せして、いきなり殴って……」 そこまで言いかけた時、彼女が泣いていることに気づき、次の瞬間、彼女を強く抱き寄せた。訳が分からなかったけど、そうしないといけないと本能的に思った。美和は最初強くあらがってきたけど、それでも腕の力を緩めず強く抱きしめていたら、次第に美和の体から力が抜けていった。美和の体が小刻みに震えている。まだ泣いているみたいだった。しばらくこのままでいよう。そう思った。  最近美和と話すことが減っていたから、僕が直接彼女を怒らせる行動はしていない。そういえば、店の片づけをしている時、美和と加奈子がなにか話していて、そして、僕が近づいていったら美和が去って行って……。あの時二人でなにかあったのだろうか。しかし、加奈子は笑顔でトラブルはないと言っていた。もしかして、もしかして、美和は僕と加奈子との仲を嫉妬したということなのだろうか。そうだとすると、美和は、僕を、『弟』ではなく、『恋愛対象の男』として見ていてくれた、ということなのだろうか。 年上の彼女の純情、彼女のプライド、彼女の勝気さ。 僕が加奈子と仲良くしている姿を見て腹が立ち、僕を置き去りにして、それでも抑えきれない悲しみと怒りがごちゃ混ぜになった嫉妬という感情を自分でどうすることもできなくて、僕にぶつけてきたということなのか……。確認しないと、僕は彼女の顔をのぞきこんだ。彼女の目を見ると彼女も泣きはらした目をまっすぐ僕に向けてきた。でも、なにも言ってくれない。少し待ってみる。 「……」 意を決して僕は言った。 「美和が好きだ」 彼女の目から収まっていた涙が再びあふれてきた。でも彼女はなにも言ってくれない。ただ泣いている。 「言って。僕が好きだって。だから怒ってるんでしょ。加奈子とばかり話している僕を。加奈子に嫉妬したんでしょ。それって僕のことを特別に思ってるってことでしょ。言って。悠希が好きって」 「○○〇。」 嗚咽しながら彼女はなにか言葉を発したけど、とても聞き取れない。でもたぶん、「好き」って言ってくれた、と思う。僕は再び彼女の体を引き寄せ、強く抱きしめた。落ち着くまで待とう。僕が心の底から聞きたい言葉を彼女から言ってもらうにはその時間が必要だと思った。僕たちの周りを初夏のさわやかな風が吹いていった。  翌日から美和のバイクの後部座席は僕の専用シートになった。必然、後ろに乗せてもらえなくなった美奈から電話が来た。 「美和から聞いたよ。美和の後ろはずーっと私だけだったのに。相手が悠希だから。美和が悠希を好きだって言うから、しょうがないから美和の後ろ、譲ってあげる。私が今一番欲しいものは『ソレイユ』っていうイラストレーターのイラスト集だからねっ!あと、美和を泣かせたら私が許さないから!大事にしてね!お願いね!」 と美奈はまくし立てた。僕は美奈にイラスト集をプレゼントしないといけないらしい。これからはデート代もかかるだろうな……。 「バイト頑張ります」 と僕は美奈に言った。 「そうそう、バイトで思い出したけど、バイト先では二人がつきあっている事内緒にしておいた方がいいと思う。前にアルバイト同士で付き合っていた人達いたけど、店長に何か言われたみたい。彼女の方が辞めてった。新しいバイト探すのは面倒でしょ。悠希。わかっていると思うけど、どちらかが辞めないといけないことになったら悠希が辞めてね。新しいバイト探すのは手伝ってあげるから。っていうか、もうすぐオーディションあるんでしょ?受かっても交際続けられるの?そっちの意味でも極秘にしておかないとね。協力してあげる!」 美奈の優先順位は気持ち良いくらいはっきりしていて、圧倒的に美和≫悠希であるのは僕としては傷つくけど、美和との縁をつないでくれたいとこの存在に感謝しないと……。僕は美奈が要求してきた『ほしいモノ』がどこに売っているのか聞いて(アニメのことは何もわからないので)電話を終えた。 オーディションに受かったら、美和と別れないといけないのかな?そんなこと考えたくない。  今日はダンスのレッスンの日だったので、ウェアやシューズを用意していると今度は美和から電話がかかってきた。 「おはよ。起きてた?」 美和の声がいつもより耳に心地よく感じる。かつ少し照れくさい。 「起きてたよ。ちょっと前に美奈から電話かかってきて、「私の欲しいものはイラスト集だ」って言われたよ。「美和のバイクの後ろは私だけのものだったのに、悠希だから特別に譲ってあげる」だって。アニメイトってお店にあるらしいんだけど、場所知ってる?買いに行くとき一緒に行ってくれないかな?」 話している最中からもう笑っていた美和だが、快く一緒に買い物に行くことを了承してくれ、しかも代金の半分を出してくれるらしい。美和は気前が良い。僕たちは明日の午前中買い物に行く約束をし、少し話をして電話を終えた。昨日までとはなにか違う、照れくささと、僕を包み込む幸福感と、そして「早く会いたい」という焦燥感が交互に押し寄せた。 「何かあった?何かいいことあったの?」  ダンスレッスンの休憩中、横に座った涼子から言われた。今月のヒップホップのレッスンでは、涼子と実と僕の三人でユニットを組んで踊っている。 「え、なんで?」 「最中にアイコンタクトなんてしてきたことなかったのに。今日は三回くらい目があったよ。ノリはいつもいいけど、今日はなんか違う。さらに良い」 「恋…のせいかな」というのは恥ずかしいのでもちろん言わない。 「そうかな。特に変わりないと思うけど」 と言っても自然と頬が緩み、にやけ顔になるのが自分でもわかる。視線に気づいて横を見ると、涼子がにやにやしながら俺の顔を見ていた。急いで緩んだ頬を引き締める。 「なんだよ。何でもないよ。意味ありげに見ないでよ」 涼子に返し、僕は立ち上がった。このまま涼子の隣に座っていると根掘り葉掘り聞かれそうだし、僕もいろいろ口走りそうだ。立ち上がったついでにトイレに向かう。トイレでは他のレッスン生がオーディションの話をしていた。  秋にボーイズグループのオーディションがある。書類選考、ボーカル審査とダンス審査の二次審査、グループに分かれて指定された楽曲を発表する三次審査、そして合宿審査という流れを取るらしい。合宿審査では何をやるのかまだ発表されていない。SNSでオーデションの途中経過や出場者のプロフィール紹介を載せることは間違いないので、使ってもらう写真を選んでおかないといけない。同じスクールに通う大半が応募するだろう。いつもは仲間だけど、しばらくはライバルになる。歌やダンスの技術は劣っている気はしないが、前のオーディションでは雰囲気や他の応募者の熱意に押され、気持ちで負けたように思う。今回は気持ちで負けないようにしよう。そう思った。  翌日、僕は美和と買い物に行った。いつものごとく美和がバイクで迎えに来てくれた。渋谷のバイク駐輪場にバイクを停め、僕たちは歩いて美奈のプレゼントを買うためアニメイトに向かう。  歩きながら僕たちはお互いのことを話しあった。バイト先でもほかのバイトの子を交えていつもたくさん話していたけど、それはお互いの好きな食べ物や、面白かったyoutuberや映画、漫画の話、お店によく来る面白い常連客の話なんかだった。今日は二人が出会う前のこと。お互い「どんな高校生だった?」「どんな中学生だった?」「どんな小学生だった?」って。「家族はどんな人?」とか。二人が出会う前の時間を埋めるように、質問しあった。  美和は僕が思っていた通り、今のまんま、小さい時から男勝りの女の子だったらしい。正義感が強くて、でもちょっと不器用で。仲良しの女の子がいて、いつも一緒にいて、その子は少し体が弱くてお友達といても遠慮がちで言いたいことが言えないことがあったから、「私が守らなきゃ!って、ナイト気取りだった」と美和は言う。  僕は小学校の高学年からダンスとボーカルのレッスンに明け暮れる日々のことを話した。スクールの友達との関係も良好で先生との関係も良好だったから楽しかった。夢中でここまでやってきたことを話すと、 「今も夢中なのよね?ダンスや歌」 と美和は聞いてきた。 「夢中って言っていいかわからないけど、前にね、オーディションに落ちてダンスや歌が嫌になった時があったんだ。でもスクールの仲間や先生に『もう少し頑張ってみれば?』って励まされて。まだまだ僕はやれるって思いなおして今、頑張ってる」 美和を見ると、僕をまっすぐ見ていた。 「絶対やれる。応援する」 そう力強く言ってくれた。一昨日から美和の声はまるで重さと質感を変えたかのようだ。以前よりもずっと僕の胸の奥に響いてくるから胸がきゅんとして一昨日のように美和を抱きしめたくなり腕を伸ばした。美和はすっと身を引いて僕から逃げた。 「なんで逃げるの?」 と問い詰めたら、 「だって周囲にたくさん人がいるし、見られたら恥ずかしいよ。まだ午前中だよ」 と笑い、追いかける僕から逃げる。 「え?時間が理由?夜ならいいの?」 と僕が聞くと 「どうかな?」 と言っていたずらな笑顔を浮かべて、 「あ!着いた!ここだよ。アニメイト」 そう言ってお店に駆け込む。僕は後から歩いてついていく。さっきバイクの後ろに乗せてくれていた時はずっとバックハグさせてくれていたのに。「チェッ」と心の中で舌打ちした。  オーディションの書類選考に通った。次は歌とダンスの審査だ。ここからは集中して審査の準備をしないといけない。オーディションの書類をよく読んでみる。デビューメンバーに求められている資質を正確に理解し、最大限にアピールするためには審査で何を歌い、どう踊るか?自分の強みを生かせる選曲、振りつけに集中して取り組んだ。
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