どうか奇跡をもう1度

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どうか奇跡をもう1度

 チョコレートを食べ終えると、窓の外からキャンキャンと鳴き声が聞こえた。聞き間違えるはずのないシロの声だった。  私は玄関を飛び出した。信じられないことに、犬の姿のシロが吠えていた。一目で幽霊かCGだと分かるほどに体が透けている。思わず駆け寄ると私の体をすり抜けるように道路へと飛び出した。当然、私も追いかける。  シロがついてこいと言っているのはすぐに分かった。私たちは以心伝心なのだから。シロを追いかけて全速力で走った。  2つ目の角を曲がったシロが大きな声で吠える。私も追いかけて角を曲がると、人間のシロが倒れていた。 「え……? シロ?」  訳が分からない。犬のシロと人間のシロが同時に存在している。そう認識した途端、霧のように犬のシロが消えた。人間のシロは吐血していて、ピクリとも動かない。 「ねえ、シロ! シロ! 大丈夫? どうしたの?」  必死に呼びかけた。かろうじて息はあるけれど、意識はない。どうしたらいいのか分からなかったが、とりあえず救急車を呼んだ。それしかできなかった。シロは私以外の人にも見えているから、病院に行けばなんとかなるかもしれない。  消える瞬間は私に見られてはいけないらしいから、私は今すぐここを立ち去るのが正解なのかもしれない。でも、シロは1度苦しんで死んだ。また、苦しみながら1人で死ぬなんてあんまりだ。人間のシロの体をお医者さんが治してくれたら、タイムリミットを覆せるかもしれない。今度こそずっと一緒に居られるかもしれない。  電話越しに救急隊の人に、彼の身元を確認するように指示される。シロは本来この世に存在しない人間だから身分証なんてあるわけがない。 「シロ、頑張って。もうすぐ救急車来るからね。大丈夫、私がいるから」  シロに声をかける。その時、彼のTシャツがまくれていることに気づいた。お腹にはいくつもの手術痕がある。シロは生前手術なんてしていない。  何か違和感がある。そういえばシロはお財布を所持していて、普通にお会計をしていた。「奇跡」の一言で片づけるならそれまでだけれど、お金はどこから降って来たんだろう。おそるおそる、彼の荷物をあらためる。  鞄の中には大量の薬。お財布の中には保険証が入っている。そこには「鈴原史郎」と書かれていた。見覚えのある名前。 ――シロ? うちのワンちゃんとおんなじ名前だ! しかも、目の色もおんなじ! すごーい! じゃあ、私達、もう親友だね!  ずっと忘れていた遠い記憶の中の私が、シロと同じ色の瞳の少年を見てはしゃいでいる。  私はこの人を知っている。
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