どうか奇跡をもう1度

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 到着した救急車に同乗する。混乱していて救急車の中での出来事はほとんど覚えていない。ただ、救急隊の人が「脱走した患者を保護」と病院に報告していたことだけは覚えている。  通りすがりの人として救急車を呼んだと言う建前を忘れて、彼の友人として彼の主治医に彼は大丈夫か聞く。息は吹き返して、やがて意識を取り戻すだろうと言われて安心した。  病室で彼が目覚めるのを待っていると、昔入院していた時にお世話になった看護師さんに声をかけられる。彼女は私たちが昔友達だったことを知っている。私の退院後、彼に何があったかも教えてくれた。10歳までの命と言われた運命を覆して、今日まで頑張ってきたこと。その後も何度も手術を受けたけれど、病状が悪化して、もう手の施しようもないこと。余命宣告を再び受けて、明日をも知れない命であること。  すっかり夜になり、目を開けた彼は私の姿に気づく。全てを悟った彼は弱々しい声で言った。 「ごめんね。僕、エリちゃんのこと騙してた。シロ君にも、本当にごめんなさい」  彼は一筋の涙を流した。 「許してなんて言わないけど、泣かないでほしいって気持ちだけは本当でした。僕のこと恨んでもいいから、昔の明るいエリちゃんに戻ってほしい、なんて僕に言われたくないよね。ごめんなさい」  息も絶え絶えに起き上がった彼に、頭を下げられる。 「怒ってないよ! シロも私も、怒ってないよ。だって、史郎君を助けてくれたのはシロなんだよ!」  シロが幽霊になってでも彼の命の危機を教えてくれた。シロが怒っているわけがない。 「全部、私のためだったんでしょ?」  ずっとふさぎこんでいた私を街に連れ出してくれたのは彼だった。久しぶりに何かを見て綺麗だと思えた。楽しいという感情を思い出した。チョコレートの味が分かるようになった。ちゃんと笑えるようになった。  シロが成仏できないほど心配をかけていた私を立ち直らせてくれた。 「そう言えたらカッコよかったけど、残念ながら下心があった。初めて会った時からエリちゃんのことずっと好きだったから。ごめんね、気持ち悪いよね」 「気持ち悪くなんてないよ! 私、史郎君のこと大好きだもん!」 「それは僕がシロ君に成りすましたから……」 「それでも、今日私と一緒にいたのは史郎君でしょ? だから、今日私が恋をしたのは史郎君だよ!」  彼が驚いて目を見開いた。驚くのも無理はない。今の今までずっと忘れておいて、再会して1日で「好きです」なんて言って信じてもらおうなんて都合のいい話だと思う。 「ほんとに……?」 「うん。今日史郎君と一緒に過ごして、楽しくてあったかい気持ちになれたの。キスした時、すっごくドキドキした。気づいたら、史郎君のこと好きになってた。だから、ごっこじゃなくて、ちゃんと恋人になろうよ」  彼が涙を拭ってはにかんだ。 「シロちゃんでいいよ、エリちゃんにそう呼ばれるの、大好きだったから」  他の誰かと同じ名前で呼ぶのも失礼だと思って、本名を呼んでいたが、不自然さは見抜かれていたようだ。その時、空の上から、誰かの声が聞こえた気がした。 (エリちゃん、幸せになってね)  しゃがれたその声はとても懐かしく優しかった。私たちは2人で天を仰いだ後、顔を見合わせる。きっと彼にも同じ声が聞こえたのだろう。そうだ、あの子が応援してくれている。だから、後悔しちゃいけない。 「シロちゃん、好きだよ」 「僕もエリちゃんが大好きだよ」  私たちは愛を伝えあう。ごっこ遊びじゃない、嘘も勘違いもない、本当の恋人同士として。そして、私は改めて提案する。 「ねえ、やっぱりしようよ。2人だけの結婚式」 「えっ、でも、もう教会までなんて行けないよ」 「うん。だからここでするの」  私はベッドから白い掛布団を借りて被る。花嫁のヴェールの代わりだ。端から見ればおままごとやごっこ遊びにしか見えないけれど、私はいたって本気だ。 「私、小早川エリは、シロちゃんのことを一生愛して、幸せにすると誓います」  指輪もないし、口上もお作法も何も知らない。それでも、せめて形だけでも、この恋を「永遠」にしたい。 「僕はエリちゃんのことをこの命がある限り愛し抜くことを誓います」  シロもそう返事をしてくれた。私たちは見つめ合い、どちらからともなく唇を重ねた。誓いのキスは、やっぱり少しだけチョコレートの味がした。  この恋がハッピーエンドになる可能性は限りなく低いのかもしれない。それでも、私たちの不器用で苦い恋に残された時間が少しでも甘いものになることを神様に祈った。
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