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彼が答える。ジョークだとしたらあまりに不謹慎だ。でも、シロを失くしたばかりの私にドッキリを仕掛けるような知り合いに心当たりはなかった。目の前の彼は16歳相当。シロとちょうど同い年くらいだ。もっとも、シロは人間に換算すると80歳のおじいちゃんだけれども。
「これ見たら分かってもらえますかね?」
彼は細く白い腕で鞄から大事そうに、古びた金色の折り紙で出来た犬を取り出す。鶴は折れないけれど犬だけは昔から折ることができた。入院中も折っていたし、退院してからもシロのおもちゃにと折り紙の犬をたくさん作った。後から知ったが、母に教えてもらった折り方は母の自己流だったようで、私の折り方は世間一般のそれとは違う独特の癖があるようだ。彼が持っていたそれは確かに私が折ったものだった。
「エリちゃんが僕のために作ってくれたのが嬉しくて……」
金色や銀色の折り紙は最後まで取っておくなんて奥ゆかしい感性は持ち合わせていなくて、真っ先に金色の折り紙で犬を折ってシロにあげた。それはシロのお気に入りの玩具になった。遊びすぎてボロボロになってしまったので、他の色でも何度か作り直した。一番好きだった金色の折り紙で同じように折ってシロのお墓に一緒に埋めた。
「エリちゃんにどうしてももう一度会いたかったんです。エリちゃんは僕の世界そのものだったから」
彼は私をまっすぐに見つめる。その瞳はシロと同じチョコレート色に輝いていた。大好きだったシロの澄んだ瞳。
荒唐無稽な話だけれど、死んだシロが人間の姿になって私に会いに来てくれた。とんだ夢物語だけれどそれを信じたくなった。
「シロ……!」
私はシロを強く抱きしめた。本当は生きている間にもっとたくさん抱きしめたかった。もっと色々なことをしてあげたかった。まだ愛を伝えきれていないのに。
「なんで死んじゃったの。死なないでよ。ずっと私と一緒にいてよ」
シロは一瞬固まっていたが、少し間をおいて抱きしめ返してくれた。泣きじゃくる私の頭をシロが優しく撫でる。
「エリちゃん、泣かないで。エリちゃんが泣いてると僕も悲しいから」
「そんなこと言うくらいならずっと生きててほしかった」
シロが困ったような顔をする。無茶を言っているのは分かっている。老衰で死んだシロは犬としてはかなりの大往生だったのだ。
「もっといっぱいしてあげたいことあった。もうどこにも行かないで」
シロは少しだけ悲しそうな顔で笑った。
「ごめんね、僕も本当はずっとエリちゃんと一緒にいたいよ。でも、ずっとは無理だからいっぱい思い出作ろう、最期に、さ」
「最期」という言葉が私に重くのしかかる。私はあの日、シロの「最期」を看取った。またあの時のように、シロは遠くに行ってしまうのだろうか。せっかく人間の姿で、人間の言葉でおしゃべりできるようになって戻ってきてくれたのに。私に会いに来てくれたのに。
「神様にお願いしたら元気な体をくれたんだ、1日だけ」
シロが続ける。昔は私と一緒に公園や河原を走り回っていたシロもここ数か月はずっと家の中でぐったりしていた。時間制限があるとはいえ、シロはまた元気になって夏の日差しを浴びながら、大好きだった散歩が出来る。
シロといられる最期の時間。いつまでも泣いてはいられない。シロが笑って逝けるように、最期にシロが望むことを何でもしてあげよう。私は強く決意する。もう泣かない。
「うん、何でもしたいこと言って。全部叶えてあげるから」
「じゃあ、1個だけお願いをさせて」
オトコのコの顔をして、シロが微笑む。
「僕、恋がしたいんだ。ダメかな?」
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