最初で最後のデート

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 カフェを出た後、一緒に遊んだ公園を訪れる。シロが元気だった頃はここでよくかけっこをしていた。 「かけっこする?」 「やめとくよ。今日暑いし、熱中症になっちゃうよ。それに、食べた後走ったらお腹痛くなるって言うし……」 「神様もその辺融通利かせてくれればいいのにね」 「僕が無敵状態だったとしても、エリちゃんが具合悪くなるの嫌だし……」  シロは優しい。部活の大会で負けて落ち込んでいた時も、シロは私に寄り添ってくれた。言葉が通じなくても、慰めようとしてくれているのが伝わって来た。今もこうして、私を気遣ってくれる。 「それよりさ、僕、行きたいところあるんだ」  次にシロが望んだのはペット立ち入り禁止のデパートの屋上の観覧車だった。よく一緒に遊んだ河原を歩いてデパートに向かう。  観覧車に乗るのは私も小学生の時以来だ。小さなゴンドラの中、向かい合って2人きりになる。シロは私の膝を見ながら心配そうに尋ねる。 「傷、まだ痛い?」  もう何年も前の傷だ。シロが罪悪感なんて持たなくていいのに。 「全然痛くないよ、これは私の勲章だから」  私は胸を張った。突然シロが跪いて、膝の傷痕にキスを落とす。少しくすぐったかった。シロに他意なんてないはずなのに、とてもいけないことをしている気持ちになった。 「エリちゃんは誰かのために命をかけられる強くて優しい子だよ。そんなエリちゃんだから僕は好きになったんだ」  シロは言い終わるや否や私の隣に座って、次は私の顔の傷にキスをした。 「エリちゃん、僕に命をくれてありがとう」  2人だけの密室で、男の人の唇の感触と吐息を肌で感じれば、意識してしまう。シロは家族なのに。  緊張のあまり、私は目を逸らした。私が私ではなくなっていくようだった。 「ねえ、シロ。外、綺麗だよ!」  上ずった声を上げて外を指差す。私たちが長年暮らした街を一望できる。シロはその景色に見とれていた。 「すごい、初めて見た」  私たちが生まれ育った街が夕焼け色に染まっている。昔母がしてくれたように、私たちの思い出のピースを一つ一つ指差してシロに教えてあげる。 「あそこが私たちの家、あれがいつもの公園、あっちはさっき食べに行ったカフェだね。それから、あれがお父さんとお母さんが結婚式挙げた教会! 前に散歩で教会の前まで行ったの覚えてる?」 「えっ……。あ、うん。覚えてる」  高い所から見下ろした景色を初めて見たシロはそれに心奪われていたようで、少し遅れて反応した。 「ほんとに、綺麗だね。観覧車、ずっと乗ってみたかったんだ」  シロが呟いた。かじりつくように窓の外を見つめている。観覧車が下り始めた頃、ハッとしたようにシロが言った。 「景色も綺麗だけど、エリちゃんの方が綺麗だよ」  きっと、観覧車の頂上で言おうと思っていたのについ忘れちゃったんだろうな。そんなシロが可愛く思えて頭を撫でた。 「ありがとう」  そう答えると、シロが私の目をじっと見つめる。澄んだ瞳に吸い込まれそうになる。シロが私をそっと抱きしめ、耳元で囁いた。 「大人のキス、してもいい?」  犬のシロは家族だけれど、人間の姿のシロは紛れもなく男の子だ。しかも、紳士的でかっこいい。私は言い訳ができないくらいに人間のシロに惹かれていた。1日限りの恋人ごっこなのに、本気になってはいけないのに私は頷いてしまった。  目を瞑ると、私の唇をシロの舌がなぞる。そのまま彼の舌を受け入れた。ふわふわした気持ちにとらわれて何も考えられなくなった。目の奥で銀色の星屑がキラキラした。その星屑の一つ一つが昔好きだった銀紙に包まれたチョコレートの粒に姿を変えていく。  シロの唇が離れ、目を開けて黙って見つめ合う。 「どうだった?」 「チョコレートみたいだった」  シロに尋ねられ、ぼんやりとした頭で出した答えは支離滅裂だ。シロも赤い顔で頷いた。 「分かる。チョコレートの味したよね」  そう言えば私たちはさっきチョコレートパフェを食べたのだった。頂上から望んだ景色を綺麗だと感じたし、シロと過ごして恋をして少しずつ感覚が戻ってきているのかもしれない。
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