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エヴァンジル国の元王太后。オリアナ様。
国王の夫を早くに亡くし、国を息子のアレクサンドルに任せて隠居した方。
ただ私達が幼いが故に陰ながら支えて下さっていたのは覚えてる。
あの頃は、彼女の前だといつも緊張していたっけ。
アレクサンドルと同じように厳格で、自分にも他人にもとにかく厳しい方だったから。
鮮明に思い出して、少し震えた。
よくアレクサンドルから、オリアナ様の言う事を聞くようにと言われて、庭園で頻繁にティータイムを共にする事が多かった。
白状すれば確かに苦手意識があった。でも。
生きていらっしゃったんだわ。
本当に…………良かった。
思わぬ再会にうるっと涙が溢れそうになる。
でも堪えるしかない。
今の私はもうソフィアじゃない。
モナとして生きてる。
私だけが新しい人生を。
そう思えば余計に名乗ることなどできないし、顔向けだってできなかった。
あなたの息子を。
アレクサンドルの死を————食い止められなくてごめんなさい。
そう謝罪したかった。
「あ……では、私はこれで」
涙を堪えて再び持ち上げた蜂蜜の壺を握りしめる。踵を返す。
「お待ちください、お嬢さん。」
「え?」
美しい響きの声。
雨の音を掻き消すほどに。
華奢な白い腕が伸びる。
あの男性が私の腕を掴んでいた。
「私の名前は《マテウス》です。
貴方の勇敢な行動のお陰で、本当に助かった。
お礼という訳ではないですが……《贈り物》を授けてあげましょう。」
「え……?贈り物……?」
マテウスというその男性は、とある一連の動作をごく自然と行なった。
濡れて湿った私の片手を拾い上げ、手の甲にキスをした。
「……!??」
意図せず真っ赤になる。
だってモナとして生まれ変わってからこんな風にキスされたのは初めてだったから。
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