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ブゥゥゥンッ、とバスは走る。
私は本を読んでいる。
「………」
本を読むのは好きだ。つまらない現実から目を背けることができる。
つまらない現実?
いや、そこまでじゃないか。友達がいるし。友梨香とか、今じゃ星川きらりなんて子とも友達だ。それなりに楽しいよ。
でも、何だろう。そこまで嫌になるってわけじゃない。でも、現実だから限界がある。それが悲しいときはある。
ほら、小説や漫画だとさ。空も飛べるしさ、素手でコンクリート破壊できるじゃん。超能力を持ったりもして。ラブコメ展開もあって、世界は私の意志で決まって、きみとぼくのセカイ系みたいなことになったり、怪獣で出てきてハラハラしたり、ヒーローも現れたりしてさ。
現実は、そういうことがない。
ちょっと悲しい。
現実に完全に冷め切ってるわけじゃない。でも、限界があるのはやはり悲しい。
だからかな。
あー、やっと分かった。
私、夏夫のことが好きだったわ。
「ふぅ」
目の間辺りを指で押して、マッサージ。本を読むと目が痛くなるよね。疲れるよね。
「……死ねよ、あいつ」
だから、もう目が辛くなっちゃって大変だよ。わたしゃ、もう限界じゃよ。と言いたくなる。目が痛くてさ。ほんと痛くてさ。
「何でいなくなんだよ」
夏夫の野郎、あいつ見つけた絶対ぶっ殺すからな。
見つけるからな。って、少年漫画みたいな元気が私にあればよかったのに。
元気があっても無理そうなことは山ほどあってさ。世の中には。
私、そういうのぶっ飛ばしてくれる。ぶっ飛んだ存在。そういうのが好きだったんだ。
だから、夏夫が好きだったんだ。
今、初めて知った。
きらりがあいつに告白したときも、友梨香が関わらない方がいいって言ったときも。
強い感情は出てこなかったのに。
あー、あいつがいなくなると、途端に噴出してきた。
「いつか絶対、夏夫にこの恨みをぶつけてやる」
「お前、ほんと怖ぇー女だな」
前の席の背もたれに顔を預けていた。ぐすっ、と鼻水をすする。目もぬぐって隣を見た。
おい、何でそこにいんだよ。
「よっ」
夏夫がいた。
「何でいるの」
「いてほしかったんだろ」
「うるさい、バカ。調子に乗るな」
「いや、最後に一言ぐらいってさ。考えちゃってさ」
「あんた、一体何なの。みんな夏夫のこと忘れてんだけど。しかもいきなり姿を消して。記憶もみんなから消えちゃって。あのクレーターも何。あれもあんたの仕業?」
「色々あんだよ」
「あんた、SF小説みたいな奴なの? 正体は宇宙人か何か。デタラメなこと多すぎてさ。頭が追いつかないよ。でも、それよりも言いたいことあってさ」
「何だよ」
「もう一度会いたかった」
言えた。ようやく、言えたよ。
「ただ、会いたかった。ごめん、他に思いつかない。えーと、あの。多分、私はあんたのこと好きなんだけど」
「あ、告白だったの? え、初めてなんだけど。そういう告白」
「いや、それはどうでもいいんだよ」
「よくないだろ。お前、告白をなめてるのかよ」
「何で告白された方に説教されてるの。この告白は私のものだからな。いや、とりあえず置いとけよ」
「置かれちゃったよ」
「会いたかったんだ。すごく。何だろ。目標? 違うな。何て言えばいいんだろ。あんたに対しての感情、難しすぎる。何かさ、あんたを見てると元気が出るっていうか。この世界って、やっぱ広いんだなって。思ったより、小説や漫画に負けてない。不思議なことが山ほどあるんだなって。感動できるんだ」
「俺は怪獣か何かか」
「実際、そんなもんだよ。夏夫は」
「俺のこと詳しく聞かないのかよ。幼なじみだったんじゃないのとかさ」
「違うんでしょ?」
「違うけど」
「だって、あんたの家をさ。私知らなかったんだよ。幼なじみでさ。ありえなくない。昔からそれなりに親しかったらさ」
「実を言うと、ほんとにお前と会ったのはごく最近なんだ」
「そうなんだ」
「俺とあってからしばらくは俺との思い出があったろ。色々な昔の記憶。あれは、自動生成されたものだ。俺という存在を見て、お前らが勝手に記憶をねつ造していくんだ」
「じゃあさ。友梨香があんたと肝試し言ってで不審者と会って炎を出して退治したっていう話は」
「そんなこと言ってたのか。それも作られたものだよ」
となると、火事の原因も違うものかな。本当のところはただの事故かもしれない。
さらに言えば、友梨香の家に黒スーツが来たってのも……いや、エピソード自体は違うんだろうけど。それに該当する奴らは多分実在するんだろうな。
「あんたがしてきたこと、どこからどこまでがホントか分からなくなるよ」
「星川の自殺を止めたとか。半グレ倒したとか。それらはほんとに起きたことだ。信じてくれていい」
「あんたは結局何がしたかったの。こんなとこに来てさ。ここって、言っちゃなんだけど随分と田舎だよ」
「知ってるよ。コーヒーショップもろくになくて苦労した」
「もしかして、私に会うため?」
「何でやねん。お前とは偶然だ。たまたまバスにいたから幼なじみって設定になった」
「ぬぅ、容赦ないな」
「ここを選んだのも適当だよ。テレビ見てたらさ。ダーツで行くとこ決めてたから。俺もダーツで決めたんだ。で、普通の高校生を演じようとしてさ。でも、できなかったな。全然普通じゃなかったろ」
「いいじゃん。普通なんてそこらの山羊に食わしときなよ」
「お前、ほんと面白い奴だな。俺の人生でも初めての奴だったよ」
だったよ、か。
もう、私は過去形の人なんだね。こいつ、二度と会わないつもりまんまんじゃないか。
「選びたかったんだ」
と、夏夫は言った。
「お前さ。選択肢が一つしかないのをさ。選択肢って言うか?」
「言うわけないじゃん。そんなの強制、もしくは選べなかったと同じだよ」
だよなー、と夏夫は大爆笑した。
「そんな笑うことかね」
「いや、同じ意見で良かったよ。俺も、そう思ったんだ」
選びたかったんだと、夏夫は言った。もう一度だ。
「何々だから、何々のために、って言葉のためにじゃない。自分の意志で、選びたかったんだ。他の選択肢も考慮した上で、俺は選びたかったんだ」
そして、その選択肢はおそらく私の入る余地はない。私みたいな一般人には計り知れない世界だ。そう、きっと夏夫とはもうお別れなんだ。それがより鮮明になった。
「ねー、どうして私だけあんたのこと覚えてるの」
「気になるか」
「別に、期待はしてないよ。私だけ特別だなんて思わない。私、何もない人間だし。可愛くないし」
「いや、結構すごい奴だぜ。お前は。ほら、星川と花束で殴り回っていくのとか感動したぜ」
見てたのかよ。ちょっと気恥ずかしくなる。好きな人だとなおさらだ。
「お前も、殴りたい奴がいるのか?」
「いるよ。でも、残念ながらそいつを殴ったらこの世界は崩壊する」
ダメだ。ついてけない。
多分、こいつは本当に荒唐無稽な世界にいる。私が本で見る、世界観。ライトノベルや漫画とかに登場しそうな。私が現実じゃありえない、起こらないと思う世界に、相川夏夫は生きてるんだ。
私とは本当に住む世界が違うんだな。
辛いなぁ。
「お前が記憶を失ってないのは――あー、言っちゃっていいか。お前だけには覚えてほしかったんだよ。辛かったんだろうな、俺も」
「辛いって?」
「誰にも知られないのがさ。きっと。これまで陰から色々とがんばってきたから。せめてものご褒美ってことでさ」
でも、もう辛くないや。
「お前の言葉に救われた」
「何言ってんの。私、そんな大事なこと言ったか」
「言ったよ。自分の発言には責任を持て」
「責任って言われてもねぇ」
もう一度会いたかったんだろ?
夏夫はこっちを見て言ってきた。
「俺さ。大体どんな奴も最初は告白してきた奴もさ。最後には、二度と会いたくないって言われたりしてさ」
「あー、あんたってキャラが強烈だからね」
「だから、あれを言われたときさ。すごい、新鮮だったわ」
「そう? そりゃ良かった」
「だから、もうちょいがんばれるわ」
バスは止まる。学校に着いたようだ。
だから、今度はちゃんと選べると。夏夫は言った。
「あんた、私に何かするの?」
「するよ。お前はこのバスを降りたら俺のことを忘れる」
「こいつ、勝手に私の記憶だけ残していたくせに。今度は消すのかよ」
「その方がいいんだ。お前は知らない方がいい。絶対に」
お前は俺に関わるな。俺の世界に関わるな。
お願いだから、と。
くそ、私の周りのリア充はいつもお願い事をするな。私は何の神様だよ。
私は座席から立ち上がってバスを降りようとする。
「普通、ちょっとは躊躇わない?」
「普通なんて山羊に食わせろ」私は言う。「いや、正直未練とかないんだよね」
「俺のこと好きだって言ったくせに」
「違うの。ほら、好きって言ってもさ。最終目標が何かって異なるんだよ。人によってはセックスだったり」
「そういうのてらいも無く言うのすげーよな」
「男女差別。女だってこんな言葉遣うの躊躇わないわ」
てか、話を脱線させるな。
「私は、夏夫のこと好きだけど。別に恋人になりたいとか思わないよ。何だろ、あれだね。今風に言うと、『推し』なんだろうね。見てると元気出るから応援してる的な」
「推し、ねぇ」
「そういことだよ」じゃ、と私はバスから降りようとする。
「あぁ、それじゃあな」
夏夫とも手を振って別れようとした。笑顔だった。
「俺も、お前ともう一度会いたかったんだ」
その言葉が、最後に聞こえてきたんだけど。そのときにはもう、私はバスから降りていた。
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