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 1  バス停。  私の通う高校は県内ではそれなりに有名である。といっても、全日本人がどれだけ我が故郷を知っているか不安だ。多分、あーあの県ね。東北の方だっけ? とよく分かってなさそうだ。正解は近畿地方。比較的東北より温かいが、海に近いからいつも湿気が強く、凍てつく風も海の方からやってくる。洗濯物は乾かないし、車は錆びてお父さんはいつも困る。そんな場所。で、そんなとこの良い高校に通うのだから私の住む家は遠く離れていて、逆に私の住む場所は限界集落まっしぐらで若いのも私ぐらいで、バスを何度か乗り継ぎしてやっと高校に通える。  その間、私は同学年の男子といっしょになる。  一応民営らしいが、ろくに客はおらず採算は取れてるのか怪しいバス。後部座席の右奥に私が座り、その男子生徒は真ん中に座る。夏夫である。 「夏夫、あんたって超能力者か何かなの?」 「え、俺知らないけど。何か変なことしたか」 「したでしょ。いや、当事者が何言ってんの」 「ミキは気にしすぎだって。お前、そんなこと言ってるから新人賞も落選しっぱなしで」 「私の急所をつくな……ラノベの新人賞落選しっぱなしなのはおいとけ。てか、あまり気軽に言うな。傷つく」 「ラインで話題になってる?」 「すごいなってる。友梨香(ゆりか)なんてあいつ超能力者だよってみんなに言いふらしてる」 「あのおしゃべり、めんどくさいな」 「めんどくさいけど、顔はかわいいよ」 「それ褒めてるのか? はー、ま、いいか」 「いいのかよ」 「いいんだよ。どうせ、その内バレると思ったから」 「超能力者か何かなの」 「ひみつー」  ムッとする、私。いや、私はこいつにとって少しは特別かなとか。周りと違うかなとか、考えてたわけじゃない。ほんとに違う。違うんだ。  ……じゃあ、この怒りは何だろう。すごい瞬間的なもので小さく、でも無視できない妙な感情は何て呼べばいいのだろう。 「大体、あのときはしょうがないだろ。あいつ、死ぬとこだったんだぞ」 「それは思う。夏夫、あんたすごいよ」 「おい、いきなり褒めるな。照れるだろ」 「あんたが照れるなんて雨が降るよ。――命助けたじゃん」  それはすごいことだよ、と私は言った。茶化さずにだ。  先日事件が起きた。ある女子生徒が屋上から飛び降りて自殺を図ったのだ。  で、助けたのがこいつ、相川夏夫。自分も屋上から飛び降りて落下している最中の女子をキャッチし、そのまま校舎の壁を足で蹴って着地した。いや、そんな芸当普通できない。オリンピック選手でも、特撮俳優でも無理だ。  だからみんな唖然としていた。飛び降りた女子はわざわざ人がたくさんいる時間帯を選んでいて夕方の放課後。だから目撃者は多くて、その全員が今起きた出来事に言葉をなくし、だが夏夫が『一応、救急車!』と叫ぶと、慌てて電話したり、各々の対応をしてくれた。糸をつなぎ直されたマリオネットのようだったが。 「夏夫はほんと超人だよね。昔からそうか。いじめられてる生徒を助けてたもんね」  で、不良が軍団連れて夏夫を囲んだが、数時間すると不良達が夏夫の人柄に惚れて子分にしてくれと言い出す。夏夫は断るんだが、今も学校にいる数名は舎弟面している。 「てか、この前の推理漫画見たかよ。あれ犯人意外だったよな」  いや、興味が違う方に向いたよ。お前がヒーローって話なのにどうでもいいんかい。  ……ほんとに自由人だな。ありったけの宝物頭に詰め込まれすぎじゃないか。 「おい、黙っちゃってどうしたよ。ミキも漫画好きだろ」 「あんま言わないでよ。オタクって、思われたくないし」 「手遅れだろ」 「うっ」 「別にオタクで何が悪いんだよ。好きなものを好きなことが、どうして悪いんだ?」  平然と言えるこいつが羨ましい。  超人じゃない私達普通人には色々とあるんだよ。世間の目とか、世間の目とか。 「あんたとは違うんだよ」 「どう違うんだよ」 「あーもううるさいな」  ワイヤレスイヤホンで何か聴こうとしたが「ASMR?」と割り込んできやがった。仕方ないので片方のイヤホンを夏夫に貸すことにした。  聴いていたのは昔の洋楽だ。ビートルズの『ゲットバック』。夏夫は興味津々に目をつぶって世界観に浸った。
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