3人が本棚に入れています
本棚に追加
8
8
後日、私と星川きらりは二週間の停学になった。
そりゃそうだ。いきなり殴りかかるんだもん。しかもバラの花束でさ。狂気の沙汰って言われたよ。でもさ、こっちからしたらこれが正気の境目なんだよ。てめーらの方が狂ってるわって話。
で、親を呼び出されて二人とも校長室で説教されて、自宅で謹慎してお互いラインで笑い合って、それからまた翌日、友梨香が恐るべき最終形態で乗り込んで来て、星川きらりも数日後に友梨香に怒られた。あいつの場合は前科があるし、私よりもやばかったけど、私がフォローしてどうにか事なきを得た。
何も知らない人から見たらさ。私達がしたのはただの暴力事件で、やっちゃいけないことだろうね。でも、私達には必要なことだった。
『あはははははははははははっ』
バラの花束を振り回して取り巻きどもを殴っていった。いや、大したダメージじゃないだろうけど。でも、楽しかった。
きらりの奴、こんなに笑うんだってくらい笑ってたよ。
いや、学校にもどったらあいつの取り巻きも消えててさ。多少残党はいた。あれは私が良からぬことを言って惑わされたんでしょって。で、またそいつを殴りかかって問題になったりして。
『楽しい!』
きらりは二度目の呼び出しを喰らっても笑ってた。
『こんな気分初めて! ほんと、何で今まで我慢してたんだろ。ばああああああああああああああああかっ! お前らみんな死んじゃえ! あははははっ』
バラの花束振り回して走って笑い合うJK二人。
どこかの青春映画でありそうなシーンだな。
ほんと、私も楽しかったよ。
星川きらりは今じゃ私の親友になった。いつもヒマがあれば私のクラスに来て、昼休みも、放課後も寄り道しようよと私を連れ出す。あまりにも私といっしょにいるから、友梨香が嫉妬してきて根私を取り合う争奪戦みたいなことになったりしてさ。
変な話だよ。こんな地味で根暗な奴にいろんな奴らが来てさ。
「………」
それもこれも、夏夫がキッカケだったんだけどね。
なのに、私がきらりと仲良くなってから――じゃないな。それよりも前から、夏夫の姿は見なくなっていた。
というか、あいつの話題をみんなしなくなっていた。
バスでいっしょだったあいつの姿はもうない。
最近は行きも帰りも一人だ。私のイヤホンを片耳奪ったり、今週の漫画の話したり、もうそういう奴はいない。
「どこ行ってんだよ」
ラインからの返事もない。てか既読すらしてないし。
私は今、黄色いテープの前にいる。『KEEPOUT』と書かれた事件現場の前だ。突然、町のど真ん中に大きなクレーターができた。何かの衝撃――いや、真夜中にこれは現れたらしいけど。大きな音もなく、突然だったらしい。
「これ、お前と関係してんのかよ。夏夫」
まるでジュブナイル小説のようだ。デタラメなことが起きてる。なのに、世間は反応しない。冷静すぎる。淡泊すぎる。まるで、ごくごく普通の日常であるかのように、事件なんて起こらなかったみたいに日常を過ごしている。
学校だって、何かおかしなことが起きたらさ。いつもは夏夫の仕業じゃね、てなるはずなのに。
誰も彼の噂をしなくなった。
「え、相川夏夫さん?」
誰なの、それ。
また数日後のことだ。
今度はみんなの記憶から完全にいなくなっていた。
「夏夫って、相川夏夫。ほら、あんたを自殺から助けてくれた人だよ。で、告白して」
「こ、告白?」
昼休み。部室で食事を取ってる。
星川きらりはそんなの知らないよと記憶が全くないって分かる顔で、首をかしげた。
「あたし、自殺はしたけど。うん、でもあのときは校庭の木に引っかかって」
「そんな、違う。あんたを助けた人がいたんだよ」
「あたしを助けたのは、それはミキちゃんだよ。あたし、それまではみんなの意見に従ってきただけだったけど。ミキちゃんのおかげで解放された」
違う。いや、違わないけど。
その――最初にあんたを助けたのは、違う人じゃん。
「告白だって。あたし今男子と付き合う気ないもん。それより、友達といた方がいいなって」
いや、私を見てもじもじするな。美少女がやるとちょっとドキドキするだろ。
違う、そういうことじゃないんだって。
私は放課後、一人であいつのことを探した。きらりはブーと文句垂れて頬をふくらましたけど、ごめんと言って、出かけた。
誰もあいつのことを覚えていない。
夏夫のことを嫌がってた――いや違うか。怖がってた、が正しいのかな。友梨香も、夏夫のことを覚えていなかった。ある意味じゃ、一番あいつのことを考えてた友梨香が、だ。
学校の周り、町をあっちこっち、それでもいなかったら危ない人達の近くに――には行かず、噂だけを聞いて、でもその噂のどこにも夏夫はいなくて。
そうだ。夏夫の家に行こう。そうだよ。私は幼なじみなんだからあいつの家くらい――あれ?
「私、あいつの家知らない」
故郷で、私は走り回った。気づけば自分の家の周りとかも何周もしていた。だが、どこを探してもあいつの家らしきものは見当たらない。
「……何でやねん」
そして、スマホをのぞいたらあいつとのライン記録とか、そういうのも消えていた。私はどこかいじったわけじゃないよ。通話記録とかも、写真とかも、全部なくなってた。
「どうしてだよ」
あいつが、ぶっ飛んだ存在なのは知っていた。分かってたつもりだった。
これってさ。あいつ、もう二度と現れないって感じじゃん。
きっと、あいつの正体は私には計り知れないすごいものだったんだ。
で、たまたまここに来た。
きっと、私との記憶。幼なじみってのも実は作られた記憶でさ。
ほんとは、ここじゃない。遠くに住んでたりして。
で、二度ともう会うことはなくて。
「ふざけんなよ……」
私は、会いたかった。
あいつに、もう一度会いたかった。
「ふざけんなよ、くそばか夏夫!」
その感情は分からない。でも、バックバクしてドッキドキする何かがある。今にも飛び出したい衝動的で熱いほとばしる何かがあった。でも、その感情はぶつけられない。ぶつけるべき相手がいない。いなくなりやがったからだ。
最初のコメントを投稿しよう!