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1.
基礎は、学んだ筈なのに。
覚悟は、していた筈なのに。
店での仕事は、建にとって想像以上の大変さだった。
パン屋の仕込みは朝が早い。まだ暗い内から生地を仕込み、朝の開店時間に間に合うように形成、焼成する。
朝食用に買い求める人が多い為、シンプルな食パンやロールパンの他、それらを使ったサンドイッチやホットドッグなどの惣菜パンも同時に仕上げなくてはならない。
朝のピークが過ぎると、品切れしたパンの補充や、昼から出すパンの生地の仕込み、夕方閉店時間近くなると、翌日に出すパンの生地の仕込み…何せよ、1日中動きっぱなしだ。
接客、レジをパートさんがやってくれているため、パン作りに集中できるのがせめてもの救いだ。
厨房には、店長の樫木と建以外、もう1人林という職人がいた。あまり喋らないが手先が器用で、段取り良く物事をこなす。
体力には自信のある建だったが、体力以外に頭をかなり使って動いたり覚えたりしなければならず、知恵熱が出そうだった。
そんな時、林はよく建のフォローをしてくれた。
「おい建!ロールパンの形成は終わったのか?」
「はい!2次発酵中です」
「クロワッサンの焼きは?」
「あっ!」
「大丈夫です、今焼成中であと10分です」
「林さぁぁん!ありがとうございます!」
「建くん、休まずに手を動かして下さい!メロンパンのクッキー生地がベタつき始めてますよ!」
「はい!」
慌てて作業を再開する。
樫木も、厳しいながらも丁寧に、生地の配合や扱い方、形成の仕方を建に教えた。学校で基礎は学んでいる為、要点を言えば直ぐに飲み込み、覚えも悪くなかった。
ただ、現場に立つとなると作る技術は然ることながら、段取りを考え、要領よくパンを出していかなければならない。時間帯によって売れる商品や大体の個数など、1日の流れを頭に叩き込んでおく。
厄介なのは季節限定で出しているパンや、新商品のパンだ。売れいきが読めないため、常に注意している必要がある。
また、予約が入っている時も焼き上がり時間を予約時間に合わせられるように、通常の流れに組み込まなければならない。
「パンを作るだけだったらなぁ…」
と建は思わず口に出して呟いていた。
隣で焼き上がったクロワッサンをパンクーラーの上に置いていた林が、そんな事言ってたらいつまでも成長しませんよ、としたり顔で突っ込んだ。
「林の言う通りだ。パンを作るだけがパン職人じゃない」
「はい…」
樫木に言われ一瞬しゅん、と頭を垂れたが、「よし」と建は自らに気合いを入れると、形成が終わったメロンパンを並べ、焼く準備を始めた。
やっと大好きなクリームパンに再会でき、それを作る職人の下で働けるのだ。
技術はじめ、色々な事を吸収してもっともっと上のパン職人を目指す。
メロンパンを窯に入れ、チョココルネのクリームを入れにかかった。
時間は14時過ぎ。
フルーツを乗せたデニッシュや、コルネやクリームパンなどおやつになりそうな甘いパンを仕上げに入った。
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