リベイク

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「いらっしゃいませ!」 リニューアルオープン当日。 開店時間と共に、この時を待ちわびた常連客達が次々に来店する。忙しくなる事が予想されたので、今日から数日、表は千紗と山田の2人体制だ。 「久しぶりだね!元気だった?」 「わ!ヤマちゃんおはよー!」 レジでは顔見知りの客が久々の再会に嬉しそうな声を上げる。慣れないレジにあたふたしながらも、千紗も山田も笑顔で応えた。 常連客だけでなく、「リニューアルオープン」の文字に惹かれ新規らしき人も訪れる。 「ロールパン、サンドイッチ補充お願いします!」 「了解!」 山田が厨房に声をかける。 次々に売り切れていくパンに厨房も大忙しだった。来客を見込み、いつもより多少多めに仕込みはしているが、この様子では早々に売り切れが出そうだった。 「クロワッサン、ブリオッシュ焼き立てでーす!」 建が厨房から出てきて、店頭にパンを並べていく。焼き立ての言葉に、店内の客達が色めき立ち 我先にとパンを取っていく。沢山焼いた筈のパンはあっという間に半分以下になってしまった。 建は一瞬呆然としたが、じわじわと後から嬉しさがやってくる。忙しくなるし、大変だがやはり目の前でパンが売れていくのは素直に嬉しい。 建は厨房に戻ると、急いで他のパン作りに取りかかった。 カフェ側は、昨日までで大がかりな工事は終わり、後は中を少しずつ整えていくだけの状態になっていた。 相変わらず内側の防音幕は張られているが、外装は足場も幕も既に撤去されていた。 今日はカフェ用の冷蔵庫や製氷機など、家電系の搬入とテーブルや椅子の搬入がある。パン屋は営業しているので、カフェ側の出入り口を使って作業が行われていた。 業者が入れ代わり立ち代わり出入りするため、伊東はカフェ側に張り付き、搬入された物の位置などを微調整している。 「お疲れ様です!」 昼過ぎ、店が落ち着いたタイミングで千紗が伊東に昼食用のパンと珈琲を持ってきた。 腕時計を見た伊東が驚いて、「もうこんな時間か…」と呟く。   「青木さんに頼まれました!ちゃんと休憩してくださいよ?」 にっこり笑ってそれを伊東に手渡すと、千紗は中をぐるりと見回した。 「木の感じが素敵ですね…!こっちで働くのが楽しみです!」 明るめの木材を使用したカウンター、同じ素材で揃えたテーブルや椅子。デザイン性もそうだが、伊東が何より重視したのが「居心地のいい空間」 だった。お洒落過ぎず、誰でも入りやすい雰囲気になっている。 「カフェのオープン前3日間は、遠山にはこっちに入って貰って、機具の準備とか店の中のディスプレイとか色々してもらうつもりで、山田さんにも話してあるから」 千紗が持ってきてくれたパンを食べながら伊東が言うと、千紗が嬉しそうに「はい!」と返事をした。 「(そっち)はどうだ?」 「今ちょっと落ち着きましたけど、さっきまでバタバタで大変でしたよー!」 大変と言う割に、千紗の表情は明るくどこか楽しそうにも見えた。心配するような事は無さそうだ。 「じゃぁ戻りますね!お疲れ様です!」と千紗が店に戻って行く。頷いて、伊東もパンを食べ切り残りの仕事に取り掛かった。 ____________________________________________ 「ありがとうございました!」 営業終了時間、最後の客を見送り千紗が店内に戻ってくると、山田がレジ締めの真っ最中だった。 「忙しかったわねぇ…」 山田はさすがにちょっとお疲れぎみのようだ。 「本当ですねぇ」と千紗も相槌を打ちながらパンの棚を片付ける。値札、残っていたパンの回収だが、今日はパンは殆ど残っていなかった。 下げたパンを厨房に回し、棚の清掃に取りかかる。掃除をしながら、千紗は今日一日を振り返っていた。 久しぶりに顔を見れた人もいたし、新規で新しく出会った人も沢山いた。皆楽しそうにパンを選んでいる様子を見て、自分も早くカフェであんな笑顔になってもらえるような珈琲をたてたいな、と思った。 棚掃除が終わってレジ台に戻ると、山田もちょうど日報が終わった所だった。 「お疲れ様です!」 「本当、今日は流石に疲れたわぁ…夕飯はスーパーのお惣菜に決定!」 と伸びをする山田を見て、千紗が笑った。 「こういう時、実家で良かったって思います」 「若いっていいわねぇ…厨房チームは終わったかしら?」 二人して厨房を覗くと珍しく三人共残っており、そちらもちょうど掃除が終わった所だった。 いつもは当番制で一人が清掃を行うが、今日は協力して早く終わらせたようだ。 千紗と山田に気付き、「お疲れ様です」と挨拶をする。 「先荷物取ってきちゃいますね!」 そう言って千紗と山田が更衣室に上がっていった。更衣室は相変わらず1つしか無いため、 エプロンのみで着替える必要が無い女性二人はさっと荷物だけ取ると「お先に失礼します」と店を後にした。 入れ代わり、厨房チームが更衣室に入る。 久々の業務に疲れ、3人共無言だ。黙々と着替えていると、青木のスマホが振動した。 チラリと通知を見ると、青木は驚いた様子で慌てて着替えを済ませ「お疲れ様です」と更衣室を後にした。 建と樫木は顔を見合わせ首を傾げた。 「どうしたんでしょうね?」 「…さぁ?」 建はいつも通りコインランドリーと銭湯に行くとて、上下スウェット姿に籠を抱えている。 それを見て樫木が行った。 「今日は俺も銭湯に行こうかな…」 「え、珍しいですね」 「いや、今日は流石に疲れた…熱い湯につかってゆっくりしたい」 「成る程」と言いつつ、建は樫木が一緒に銭湯に行くという発言だけで疲れが吹き飛んだ気がした。 「やっぱり店はいいですね」 銭湯に向かって並んで歩きながら、建が口を開いた。 「勿論、樫木さんの家で勉強させてもらった時も楽しかったし、充実してました。でも、やっぱり自分が作ったパンでお客さんが笑顔になってくれるのが、たまらなく嬉しい…!」 「そうだな」 樫木は接客が得意ではない。 しかし、厨房から見える人の笑顔は好きだった。 くしゃくしゃ、と建の頭を撫でる。 「あ、そう言えば母さんの事なんですけど」 いきなりの事に、樫木は目を見開いた。 母親の事を聞いて貰った手前、話さなければならないと思ったのだろうか。昨日、建は母親と母親の再婚相手に会っている筈だ。 「…無理に話さなくていいんだぞ?」 「いえ、無理はしていません」 そう言って笑うと、樫木の方を見た。 「やっぱり俺は、あの人を父親とは思えません。でも、一緒に居て嫌な感じは無かったんです。何て言うか…どうしても、歳上の知り合い?みたいな感じになっちゃって」 でも、と建は続けた。 「母さんの事、大事にしてくれるって約束してくれました。…そしたら、信じてくれてありがとう、って母さんが」 「…そうか」 これで、良かったのだろうか。 樫木は思ったが、建自身、気持ちの整理がついたようで、スッキリした表情だったので少し安心した。 「色々ありがとうございました」 「いや、俺は別に何も…」 「聞いてもらえただけで、だいぶ楽になったんです。あと、すみゑさんにも感謝してます」 「ほぉ…?」 「あっ!また会いに行きたいです!行きましょう!」 建がギュッと樫木の腕にしがみつき、樫木の身体がふらついた。 「危ねぇな…店がもうちょい落ち着いてからな」 「はぁい」 なぜ祖母に感謝しているか分からなかったが、すみゑも建に会いたがっているし、また連れて行くか…。 そう思いながら、左腕にしがみついたまま歩く建を引きずるように銭湯へと向かった。
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