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翌日。
「おはようございます!」
建が厨房に入ると、樫木ともう1人男がいた。
「おはよう。今日から一緒に働いてもらう」
「青木です」
「羽杉です…って、えぇ?!」
「朝から五月蝿いヤツだな」
樫木は眉をひそめた。
自分が頼りないから、新しく人を雇ったのだろうか。明ら様に表情に出ていた建に樫木は呆れながら言った。
「元々来ることが決まってたんだよ」
「よろしくお願いします」
何か言いたそうな建を制するように、青木が挨拶した。
「建、更衣室案内してやれ」
「はい」
一言言い残すと、樫木は仕込みに入った。
建が青木についてくるよう顎で促し、青木は樫木に一礼すると2人は2階に上がっていった。
「ここが更衣室。コックコートは…」
「貰ってます」
「んじゃ、空いてるここのロッカー使って」
「はい」
「着替え終わったら降りてきて、俺先に仕込み入ってるから」
青木は無言で建に一礼すると、建もその場を後にした。
(無愛想なヤツだなぁ…)
黙々と食パンを形成しつつ、青木をチラリと見る。彼は林と一緒にクロワッサンとロールパンの形成をしていた。
樫木然り、職人は無愛想な人は多い。
青木もそうで、礼を欠くことはないが、会話も返事も必要最低限。
林もあまり喋らないし愛想がいい方ではないが、雰囲気が柔らかく、話せば表情も豊かだ。
慣れていないせいもあるだろうが、青木の雰囲気はえらく冷たかった。
ブーッ
思考を遮るように窯のブザーが鳴った。
建は慌てて作業を進める。今窯に入っているパンを出したら食パンを焼かなければならない。
(今は目の前の事に集中だ)
軽く頭を振り目の前の生地に向き合った。
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青木が入り、そのサポートをしながらの引き継ぎ。建にとっては嵐のような日々だった。
今日で、青木が入って1週間になる。仕事的な負担は、少し軽くなるのだろうが、建はまだ青木という人間がいまいち、よく分からなかった。
仕事ができない訳では無い。敢えて言えば人間性の問題で、掴みどころがなかった。
建としては、ある程度青木という人間を知りコミュニケーションを取らなければ仕事もしにくい。
青木は覚えも良く、道具の場所を覚えるやいなや、初日から臨機応変に動き、林をはじめ、滅多に人を褒めない樫木が青木を称賛していた程だ。
「新人くんの調子はどうだい?」
閉店間際、軽い調子で厨房に入ってきたのはオーナーの伊東だ。建が入りたての頃も、こうして週に何回か様子を見に来ていた。
「いいんじゃないですか…」
樫木が翌日のパン生地を仕込む手は止めずにチラリと伊東を見て言う。言葉足らずな気もするが、それは樫木にとって充分な仕事をしているという意味だった。
当の青木は伊東を見て軽く会釈をし、客が使ったトレーやトングの洗浄に取り掛かる。
ほぅ、と目を細め青木を見ると建と見比べた。
「建も先輩としてうかうかしてられないな」
皮肉を込めてニヤつく伊東に、膨れっ面する建。苦笑いしながら林がフォローを入れた。
「建くんも、しっかりやってくれていますよ」
「そうかそうか。
そういやさっきヨメさん来てたな」
「えっ」
「声をかけたら、朝食用のパンを買いに来たって言ってたぞ。」
普段あまり表情を変えない林が、微かにはにかんだ。元々客として来ていた彼女と林が婚約したのはつい先日の事だった。
「えっ!林さん結婚してたんですか?!」
先程までの膨れっ面は何処へやら。
建が目を大きく見開き身を乗り出す。
「知らなかったのか?」
伊東が意外そうに建を見返す。
「仕事中は殆ど会話無かったので…」
ふむ、と伊東が考えた後切り出した。
「林の送別会と青木の歓迎会を兼ねて、久々に皆で飲みに行くか」
「やった!」
「建が入った時は何にもやってやれなかったしな」
人手がなく忙しかったせいで、そういう機会がご無沙汰だった。
赤ら様嬉しそうな建に対し、樫木、林、青木は表情は余り動かさなかったが満更でもない様子だった。
「じゃぁ、来週定休日の前日に。場所と時間は後でLINEしとくから宜しく」
林の最後の勤務日の夜だ。
それだけ言うと、伊東はその場を後にした。
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