リベイク

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ピーンポーン 「はーい」 「お邪魔します」 伊東は鍵を開け、青木を迎え入れた。 1日カフェ側で仕事をしていた伊東だったが、搬入がスムーズに行ったため、予定より少し早めに仕事を切り上げる事が出来た。 車に乗り込み時計を見ると、18時半を少しまわった所だ。そのままパン屋の営業終了まで居ても良かったが、明日からも何時に帰れるか分からない。遅くなる事はあっても、早くなる事は滅多にないだろう。 少し考えた末、伊東はある事を思い付きそのまま車を走らせた。向かった先はスーパーだ。適当に食材を購入し、帰宅する。 (久しぶりすぎて…できるかな…) 買ってきた食材を目の前に、シャツの袖を捲り調理を始めた。やり始めると不思議なもので、身体が自然に動く。以前はパンを作る以外にも、よく料理をしていたのだ。忘れた所はスマホなどで調べながら、何とか3品を作り上げた所でラインを入れた。 リビングのテーブルの上に置かれた料理を見て、青木は驚いた。 「…これ、オーナーが?」 「ああ、久しぶりに作ったから味の保証は無いけどな」 「手洗いしてこい」と青木に言うと、伊東は取皿と箸をキッチンに取りに行った。 青木は荷物を置くと手洗いを済ませ、テーブルの前に座った。改めて見ても、久しぶりに作ったとは思えないような料理が並んでいた。 グリーンサラダ、海老と烏賊のトマト炒め、パングラタン。「簡単なものばかりで悪いな」と笑いながら伊東も座った。 「「いただきます」」 それぞれを少しずつ皿に取り分け、青木か口に運ぶ。その様子を伊東が心配そうに伺っていた。 「…おいしい!」 青木が顔を上げ伊東の方を見ると、伊東は安心したように胸を撫で下ろした。 「良かった…」 「一応味見はしたけど、口に合うかは別だからな」と、自分も取り分け食べ始める。 「こんなに、料理できるんじゃないですか。下手したら建より上手ですよ」 「大げさだな」 伊東は苦笑いした。 お腹も空いていたようで、青木はどんどん料理を口に運ぶ。 「忙しいのは分かりますけど、何で作らないんですか?」 「…自分の為に、作る気になれなかったからな」 どこか遠くを見つめながら、伊東が呟くように言った。 ホテルのベーカリー時代、付き合い始めて半年程後、百合と同棲を始めた頃の事だ。お互い仕事で忙しかったため、早く帰宅した方が夕飯を作っていた。 百合はお菓子作りは得意だったが、食事に関しては伊東の方が得意で、二人揃った時などはよく伊東の方が料理をしていたのだ。結婚してホテルを辞めてからも、夕飯だけは伊東が作っていた。 伊東の言葉に何かを察したように、青木の動きが一瞬止まる。ゆっくりと伊東の視線を追うと、テレビ横にある写真立てが目に入った。 視線を戻し、伊東を見る。 「俺も一緒ですよ」 「…え?」 伊東の視線が写真立てから青木に移った。 「俺だって1人の時に作るものなんか適当なもんばっかりです。それこそ、偉そうな事は言えません。でも、オーナーに食べて欲しいと思うと、ちゃんとした料理が作れるんです」 仕事で疲れているのに、毎日まともに食事を作って食べる事は結構な労力がいる。しかし、一緒に食べてくれる人がいれば、ちょっとだけでも頑張らなきゃ、何とかしなきゃと思う。 無理はしない。出来ない時は出来合いのものでいい。でも、出来ることはしてあげたい。 側に居られれば、見返りは求めていない。 伊東に対してそう思う気持は…気持ち、は? 「…!」 「青木?どうかしたのか?」 「何でもありません…!」 突然青木は隠すように片手で顔を覆った。その顔は僅かに赤く、手は微かに震えている。「大丈夫か?」と伊東が触れようとすると、「大丈夫です」と手で制した。 速まる鼓動を鎮めるように、青木は一度大きく息を吐いた。 「冷めない内にいただきましょう」 「あ、ああ…」 その後はいつも通りの様子で、今日の店の様子などを話しながら食事を終えた。 帰り際、玄関で青木は改めて伊東の方を見ると、軽く頭を下げた。 「今日はありがとうございました」 「久々の仕事で疲れてるだろ?早く休めよ」 「オーナーこそ、疲れてるのに夕飯作って下さってありがとうございます」 「いつも作って貰ってばかりで悪いからな…」 「落ち着いたらまた、作りに来てもいいですか?」 食事中、伊東はカフェのオープンまでまた忙しくなる為、暫く帰宅は遅くなると青木に伝えていた。 「ああ、青木がいいなら」 「また一緒にメシ食おう」と笑う。 青木は伊東を抱きしめたくなる気持ちを必死に抑えながら、「お疲れ様でした」と部屋を後にした。 自転車を引き、今出てきたばかりのマンションを見上げる。気付いてしまった気持ちは、どうしようもなく胸を締め付けた。 決して伝える事の出来ぬ気持を胸の中にしまい込み、固く蓋をした。 青木は奥歯を噛み締め、涙をぐっと堪えると自転車をこぎ出した。
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