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やがて彼は、一軒の店の前で足を止めた。
心をよぎった幸福な想い出と、それがもたらした鋭い痛みとに、沈んだ顔をいっそうに歪める。そここそは今回の旅の目的地──かつて恋人と共に訪れた、個人経営の小さな硝子細工の店だった。
窓辺に飾られた、いささか季節外れの風鈴。ウィンドウに飾られた硝子製のクリスマスツリー。
しばしの逡巡。それから彼は、胸の疼きをこらえながら、おもむろに店内へ入っていった。
店を開けて間もないのだろうか? 繁忙期のメインストリートの一角にありながら、店内に客の姿は一人もなかった。
それどころか、店員の姿さえなかった。
一歩を踏み出すたびに古びた板張りの床は、まるで闖入者を咎めるが如くぎしぎしと大きな軋みを上げ、その音は彼をなんとなく落ち着かなくさせた。努めて真っ当な客らしく、周囲の棚に並べられた商品に関心のあるふりをする。
照明を浴びてきらきら輝くモビール。ショーケースのとんぼ玉やネックレス。棚に並べられた、大小さまざまの硝子製の動物たち──店は夏に来た時から少しも変わってはおらず、それ故に恋人の不在がますます際立った。
来るんじゃなかった。
もう一度小さく独りごちつつも、彼は店の屋根裏部屋に通じる階段を、のろのろと上がった。
目当ての品は、まだその売り場にあった。
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