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サイドB
「死にたい」。
メールを受け取って心臓をぎゅっと掴まれたような気がした。
自ら死にたいなんて。俺がいままで注いできた愛情は、気遣いは、なんだったというのだ。足りなかったとでもいうのか。
有名な女優が死んだことは知っていたが、だからなんだ。生きるつもりで、抗がん剤とかやってたんじゃないのか。
死ぬかもしれない家族を、深く愛することは難しい。深く愛して、死んだらどうする。残るのはうつろになった自分だけだ。
それから先を、どれだけ寂しい思いで生きなければならないのだ。
だから「仕事中です」と返した。妻の気分ひとつに取り合ってもいられない。
その日の昼、おかしなことになった。
俺は昼飯を買いにコンビニに入った。パンを手に取ったところで、見えないはずのものが見えた。
妻の姿だ。いつも着ているような服を着て、いつものかつらと同じような髪型、目深に被った帽子。妻だ。
なんでこんなところにいるのだ。家からは十キロは離れているのに。背筋がぞっとした。
まさか、ほんとうに死んだのか?
俺は恐ろしくなって、早くコンビニを出てしまおうとパンひとつだけを手に列にならんだ。
前を見ると、おかしいのだ。中国のお面のようなものを被っている。
振り向くと後ろにも。その中国のお面の顔が、妻にそっくりなのだ。その後ろも、その後ろも。
うわあああああ、と叫び声をあげて、パンを捨てて、コンビニを出た。
中国のお面がぞろぞろ着いてきた。俺は走った。道行くひともみな、中国のお面だった。そして俺を見つけると着いてきた。
もはやこれまでか。
俺は妻の亡霊に殺されるのか。なぜ。お面に問いかけても、応えはない。
〈おしまい〉
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