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「あの子は私の前では楽しく過ごせるかもしれません。だけど、『学校が苦手』という事実は変わりません。しかも、あの子は私の前では楽しそうにするわけですから、私は永遠にあの子の問題点を目にすることはないのですよ。あの子の問題から、一番遠いところにいるわけです。だから解決もできない」 「……」  先生の言いたいことが、わかるようなわからないような……私は、ただ黙って話を聞いていた。 「七歩さんって、涼くんが喫茶店で働いてるところ、見たことあります?」 「はい、ありますけど……」  なんで急に涼くんの話?と内心疑問に思いながらも答えた。 「涼くんの接客態度って、いかがですか?」 「えっと……その……」  「あまり、よくない感じですか?」 「そ、そうですね……」  「そうですか……まさに涼くんも同じなんです。私の前では涼くんはとてもいい接客をするんですよ。だけど、私にしかいい接客ができないって、問題でしょう?」  「たしかに……」 「そして、涼くんのまずい接客を見ることがない私は、涼くんに何も言えないわけです。『注意してやってくれ』と空子さんに言われているにも関わらず。私は涼くんには懐かれてますよ。だけどそれは私が涼くんの問題点を見ることができないから、褒めることしかない。ただそれだけなんですよ」  先生の言いたいことが、ようやくわかってきた。先生は誰にでも懐かれるけど、それだけだ。相手を変えているわけじゃない。 「先生の言ってること、わかりますよ。私も千里ちゃんと長年友達ですけど、あんまり普通に友達付き合いしてるんで、自閉症って障害が、よくわからないです」 「ああ、私、千里さんと話したときも、同じことを思いました! 千里さんも普通にお話してくれるので、自閉症というのがわからなくなりました。それなのに、千里さんのお母様にはやけに感謝されてしまうし」 「私も同じです」  私は笑って答えた。 「私も千里ちゃんと友達ってだけで、千里ちゃんのママにも支援学級の先生にもずいぶん感謝されました。私はただ友達でいるだけなのに、不思議な気分でした」 「そうそう、それ! 私もそう思うのです。感謝されるのが不思議で、なんだかいたたまれなくなるのですよ!」  わ、わかる……  私はさすがにいたたまれなくはならないけど、それはたぶんただの友達付き合いだからだ。お金をもらって家庭教師をしていたら、先生みたいにいたたまれなくなっていたと思う。  まさか、小石川先生に共感することがあるとは……  先生ってただ無邪気に生きているように見えているけど、いろいろ思うところがあるんだなあ。話してみないとわからないものだ。
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