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 喫茶店のランチタイムが終わり、客足が落ち着いて、店内が静かになった。  小石川先生は今ごろ七歩さんとデートしているだろう。複雑な気持ちだがどうにもできない。黙々と洗い物をこなしていると、店の扉が開く音がした。 「先生!」  店にやってきたのは小石川先生だった。しかし、先生の様子はいつもと違った。  先生はいつも飛び込むように勢いよく店に入ってくるのに、静かに入って来た。  いつもはすぐに何か食べたがるのに、店に入ってきても、入口で突っ立っている。  いつもはとても元気なのに、電池が切れて動かないロボットみたいに俯いていた。帽子と肩に雪をつもらせたまま。 「先生、どうしたの」  僕がカウンターから出て駆け寄ると、 「七歩さんが……来ません……待ち合わせ場所に来ないのです……電話を掛けても出てくれません……」 「ええっ」  僕と空子さんが揃って声をあげた。 「何かあったのかしら、七歩ちゃん」  空子さんが言うと、 「いいえ、私、振られたのです。前回のデートでやらかしましたもの」 「やらかしたって?」  僕が聞くと、 「七歩さんを連れて行ってしまったのです、『はい、はい!』と手を挙げて商品を売る詐欺の……」 「『ハイハイ商法』?」  空子さんが答えた。 「それです……うっかり詐欺の会場に行ってしまいました。あのときは七歩さんは怒ってはいませんでしたが……きっとあれで愛想をつかされ……」  話している途中で、先生の目から盛大に涙が流れた。 「私、振られてしまいました!」  先生はおいおい泣き出した。 「先生、落ち着いて。せっかく来たんだし、ケーキセットでも食べて行ってよ」  僕がなだめると、先生はハンカチを取り出した。さっき僕があげたやつだった。そのハンカチで涙を上品に拭くと、 「ケーキセットをください」  と言って、席に着いた。 「はい」  僕はケーキを用意するためにバックヤードに行った。  先生は残念ながら、七歩さんに振られてしまったようだ。  可哀想な先生。  だけど、別にいいじゃない。僕がいるんだし。  ケーキ食べたらすぐ元気になるよ。  ね、先生…… 「涼くん、ご機嫌なのが顔に出てるわよ」  ケーキを作る僕を眺めて、空子さんが言った。 「やだなあ、そんなことないですよ」  僕の髪には、さっき先生がくれた蝶のヘアクリップが、煌めいていた。
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