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先生はすぐさま七歩さんに電話を掛けた。
「七歩さんですか? ……え? ライン? ……何かあったのですか? ……え、そんなことが? わかりました。それで……」
電話で話している内に先生が安堵していくのがわかった。先生は「ちょっとすみません」と言って、店内を出て行き、扉の向こうで電話を続けていた。
先生は七歩さんに振られてなどいなかった。それが、今の先生の表情でわかってしまった。
なんだ、つまんない……
先生、失恋したんじゃなかったんだ。
失恋したのは……
僕は、横の席を見た。たった今まで先生が座っていた席。カウンターには、先生の飲みかけのウイスキーがあった。
そのウイスキーを手に取って、飲み干した。
「涼くん!? あなたまだ20歳になってないんじゃないの?」
藍華さんが気づいて、慌てている。
「うん、まだ19。だけど、先生言ってたんだもん。失恋したら、お酒でも飲まなきゃやってられないって」
「涼くん……」
もう少し話そうとしたが、できなくて床に崩れ落ちた。
気分が悪い。ものすごい吐き気がする。
「涼くん!」
「涼くん!? どうしました?」
電話を終えて店内に戻ってきた先生が叫んだ。
「先生のお酒を涼くんが……」
「涼くん、涼くん、大丈夫ですか」
先生が僕に呼びかける。
「急性アルコール中毒かもしれないわ」
「そうですね。救急車を呼ぶより私が運んだ方が早いですよ、病院近いですから。さ、行きましょう涼くん」
先生はひょいと僕を背負って、店内を出て、ビルの階段を駆け上がった。
あとからわかったことだけど、僕は急性アルコール中毒というほどひどい状態じゃなかった。飲み慣れてないお酒を飲んで気分が悪くなったのと、失恋の痛みで崩れ落ちただけだった。
だから、先生が僕をおんぶして走ったこのときのことを、よく覚えている。
先生の背中に揺られながら、僕は泣いた。
僕はいつからこうなったんだろう。
いつから先生を好きになっていたのだろう。
周りはみんな気づいていたのに、自分だけが頑なに認めていなかった。
だけど、さすがに自分の気持ちに気づいていた。
七歩さんが羨ましい。
先生と恋人になれる七歩さんが羨ましい。
恋人なら、先生の背中にいつでも身を預けられるのだろうと思うと、羨ましくて仕方がなかった。
先生……
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