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プロローグ
震える右腕を自分の手で押さえながら、俊はボストンバッグを手にするとその部屋から駆け出した。部屋から出て廊下を走ると靴箱から自分の靴を取り出した。
(大丈夫だ、ここで怯んだら、もうチャンスはないぞ)
そう自分に言い聞かせながら靴を履き、玄関ドアを開けると、まるで俊を追い返そうとするような大雨と北風が容赦無く吹きつけてくる。エレベーターホールへ駆け出し、一階へのボタンを連打する。一刻も早く、降りなければならないのだ。
部屋の中にいれば暖かくて安心して過ごせるのに俊はそれを今、自ら手放そうとしていた。
身の安心はあっても心の安心のない生活。俊にとってこの場所は地獄でしかない。
行き過ぎた愛情が狂気となってしまっている今、彼から逃げ出さないと自分は外に出ないまま死んでしまう。
それなら、今、真夜中の大雨の中を逃げる方が良い。きっと彼は起きて俊が居なくなったことに気がついた瞬間に、烈火の如く怒り狂うだろう。
(だから、早く遠くへ。佳紀の手が及ばない街へ逃げないと)
エレベーターが一階に到着する。俊はパーカーのフードを頭に深く被ってマンションのエントランスから飛び出した。
バシャバシャと走る音と、水飛沫。道路を走る車のヘッドライトはずぶ濡れとなった俊を一瞬照らし出しては去っていった。
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