夜空に抱かれて

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11月の夜、学校内はとても寒かった。 部室まで、前やったみたいに小走りで階段を駆ける。 夕食をそのまま食べずにきたため、空腹が少し気になった。 部室をそっと開けると、いつだっかの淡い黄色い光がぼうっと部屋を照らしていた。 蓮見は、葵を見てふぅと息を吐いた。 「じゃあ、行きますか」 「行こう」 葵はそっと扉を閉め、天体望遠鏡を担いだ蓮見についていく。 「これ、見つかったら退学かな」 階段を登っている中、蓮見が言った。 きっと退学だね、と葵は蓮見に笑って言った。 3、と書かれたつき当たりに来たところで、蓮見が、葵、と呼びかけた。 今まで蓮見から、葵、と呼ばれることなどなかったため、唐突なそれに葵も少し驚いたが、葵も平然を装いながら、何?と返した。 「あの日、ごめん」 蓮見は前を向いて登ったまま、言った。 葵は、胸の中でずっと残ってた心のつかえがそっと取れたのを感じた。 「私こそ、ごめん」 蓮見はそれから3、4段ばかり登って、息を整えた。 「僕も、一人ぼっちは辛い」 5と書かれたつき当たりを迎え、もう少しで屋上だった。 「でも私達、もう一人ぼっちじゃないよね」 息を荒くしたまま、葵はそう言った。 「絶対に一人ぼっちじゃない」 あと、20段ぐらい階段を駆けあがりながら、蓮見は大きな声でそう言った。 ちょっと待ってよ、と葵も笑いながら蓮見を追っかけ駆け上る。 蓮見が先に階段を登りきると、葵の方を見た。 「星がずっと見ていてくれる」 蓮見は、そうやって葵に笑った。 蓮見は扉を開けた。 扉から勢いよく入り込んだ風が、とても寒かった。 寒い夜だった。 だが空気が澄んでいて、星は前来た時よりも綺麗に見えた。 「すっごいね。いつみても」 葵は、天体望遠鏡をセットする蓮見の横で呟いた。 葵がカーディガンを中に手を閉まっているのを見た蓮見は、葵、寒い?と聞いてきた。 「ちょっとだけ寒い」 「これ、着たら少し暖かくなるかも」 蓮見は、ひょいっと自分の着ていたブレザーを葵に投げた。 葵はそれを受け取ったが、今度は蓮見が寒そうにしていて笑ってしまった。 「自分が寒そうにしてるじゃん」 「思ったより寒かった」 蓮見は、そういって天体望遠鏡のセットを終わらせた。 葵はそのまま、蓮見のブレザーを自分と蓮見で覆って体育座りをした。 蓮見が少し驚いて、すぐ横の葵を見た。 「これで寒くないでしょ」 葵は、少し照れながら夜空を見て言った。 二人の身体が時々、蓮見の少し大きなブレザーの中で触れあった。 そのまま、葵は自分の言葉を流れに任せた。 「私さ」 「うん」 「この同好会に入った理由、父を亡くしたからなんだ」 無数の星が、二人をスノードームの中みたいに囲んでいた。 「あの時言えなかった理由って、このこと?」 「そう」 蓮見はただ、そうなんだ、と呟いた。 「私、父を亡くした時、どうして私ばっかが、って思ってずっと辛くて、何も考えられなかった」 ただ、と呟いて、葵は蓮見を見た。 「屋上で綺麗な星を見て、そうやって蓮と話して、喧嘩もしちゃっけどそれでも楽しかった」 蓮見の茶色の目に、自分が映って見えるまで近くても、その顔を葵は逸らさなかった。 蓮見もまた、葵の黒い目に映る自分が見えても、そのままにした。 葵は、自分の心がずっとざわついているのがわかった。 心拍数が上昇して、うるさいぐらいに胸が振動した。 体験したことない感情が、急に襲ってきた。 ただ、蓮見とこのまま離れたくないと思った。 ふと、蓮見は立ち上がった。 そのままスコープの中を覗いて、今日はよく見える、と言った。 蓮見は葵に、覗いてみなよ、と言った。 スコープの中を見てみると、かすかにわっかのようなもの囲んだ球体があった。 「これは?」 いつもみたいに葵が聞くと、蓮見は「土星」と答えた。 蓮見は葵がスコープから外れたら、望遠鏡の位置をずらして、スコープもう少し高くした。 蓮見は、また葵に見るように促した。 その天体はまた、一段と綺麗だった。蓮見は「カシオペア座」と言った。 そうやって位置や高さを変えて、二人は様々な天体を一緒に見た。 ぺガスス座、アンドロメダ座、オリオン座やカシオペア座。 二人はそうやって、沢山の星を見て、ずっと話した。 葵は、今日の事は忘れることはないと思った。 その夜のこと。 その帰り道で、蓮見が交通事故に巻き込まれたと聞かされたのは、それから2日後のことだった。
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