夜空に抱かれて

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今日は、今までで一番寒い夜だった。 出かける前に確認した今日の天気予報、降水確率は90%とあった。 だけど、もうそんなことは気にしなかった。 これから本降りになるような、そんな小雨が降る夜、傘も差さずに、そのまま学校まで走った。 担いだ天体望遠鏡がかさばって、走りにくいのも気にせずに走った。 顔は雨で濡れて、髪もぐしゃぐしゃになっっていた。 いつもの旧校舎の裏口、扉を開けてまた走った。 階段を駆け登って、屋上まで走った。 2階、3階、息が乱れて苦しくなっても駆けた。 4階、5階、肺が痛くて吐きそうになっても登った。 そのまま屋上に出た。 さっきまでの小雨は、いつのまにかザァーという豪雨に、変わっていた。 無数の雨が地面に滴り落ちる音だけが聞こえる。 夜空を見ると、いくつもの大きな雲に覆われて星の光が籠っていた。 それでもかまわず、天体望遠鏡をセットした。 今日は約束の日。 星が夜空に一斉に流れる日だ。 「なんでよ」 ずっと我慢していた言葉が思わず漏れてしまった。 雨飛沫で前が霞んで、もう夜空を見上げることも難しかった。 「なんでそうやって、全部奪っていくの」 精一杯、夜空に叫んだ。 抑えていた涙が溢れて、雨と一緒に零れ落ちた。 いてほしかった人が、大切な人が次々といなくなった。 まだ心がそれを許容する容量がないまま、それでも時が進んでいく。 日常は、進んでいく。 神様も星も夜空も、何も味方してくれない。 そこにある残酷な現実だけが、いつだって大きな壁となって未来を塞いでくる。 今日だめなら、いつならいいんだ。 今日ぐらい見してよ。 グッと心が沈んだ時だった。 その直後、段々と風が強くなった。 思わずよろけてしまうほどの風が吹き続けた。 顔を挙げると、空を覆っていた雲が嘘みたいに、どんどん西に流れていった。 動けないまま、そのまま大雨が小雨になって、パッと止んだ。 さっきまでの風景が、まるで漫画の一ページをめくるみたいに、切り替わった。 屋上の空には、もう雲一つない満点の星ができあがった。 急いで望遠鏡を広げようとすれば、それに強い光が反射した。 「え」 何かと思って、夜空を見た。 夜空に、一斉に星が流れていた。 目を見張る美しさと、自分だけ時が止まっているような感覚で、動けなかった。 その一つ一つをしっかり目で確認できるほど、はっきり見えた。 「綺麗」 眩しいくらいの光を保ちながら一斉に流れる星は、真上を一斉に駆けていく。 涙がずっと止まらない。 止まらなくていいと思った。 闇が広がる夜に、星はずっと輝いていた。 そうして、やっと闇に消えていった。 「大好きだから」 心の底から精一杯叫んだ直後、出遅れた一つがキラッと真上を駆けた。 やっと笑うことが、できた。 全ての星が、自分を抱きしめてくれている気がした。 一人ぼっちじゃない、と言ってくれている気がした。 そのまま夜空に、想いを託した。 夜空に抱かれて、いつかを夢見た。 やっと乾いた涙と、まだ潤うを目元を強引に拭った。 世界は自分が思っていたより、ずっと残酷だった。 世界は自分が思っていたより、ずっと美しかった。 望遠鏡を置きっぱなしにしたまま、流れる星とは逆方向に、そのまま走って屋上を出た。 (了)
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