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美月は真弓の理不尽が許せなくて、勇気を出して何度か抗議したことがあった。 「どの口で親に向かって口ごたえできるの!」 真弓はそう言って、美月の頬をつねった。 「お祖母ちゃんに告げ口してかばってもらうつもりなんでしょう!」 「そんなこと一度もしたことない!」 「そんなことしたら、どうなるかわかってるわね!」 美しい顔を歪めて真弓が美月を憎々しげににらんだのだった。 そんなことを繰り返すうちに、美月は真弓の理不尽に抗議するのを諦めてしまった。 ―お母さんには何を言っても無駄だわー 真面目な美月は成績も良かった。家のお手伝いもした、お使いも進んで行った。欲しいものがあると、お小遣いやお駄賃をためて買った。真弓には、ねだらなかった。 賢い美月は、この母のもとで生きて行くには、「いい子」を演じるしかないことを悟ったのだった。 親の言う通りになって、自己主張を一切せず、家事を手伝い、世間的に見栄えのいい「いい子」を演じ続けた。真弓は美月が良い成績を取った時や、親に従順な大人に都合の「いい子」である時だけ、美月を睨まなかった。 美月は真弓に抱きしめられた記憶がない。遊んでもらった記憶もない。髪を梳かしてもらったり、結んでもらったりした記憶もない。甘えた記憶がないのだ。 友だちの家に遊びに行くと、友だちがお母さんにワガママを言ったり、甘えたりしているのが、ひどく羨ましく思えた。 美月はいつも欠乏感に苦しんだ。「いい子」でないと愛してくれない真弓に激しい怒りを感じるのを抑えることができずに苦しんだのだった。 美月は大学を卒業して就職すると、家を出た。真弓から離れたかったし、いつまでも要を甘やかす母を見たくなかったからだ。 一人暮らしをするようになった美月のもとに祖母・多喜の訃報が届いた。 一人で暮らすようになった美月は、仕事で疲れていても食事の準備、片づけ、掃除や洗濯等の家事をしなければならない大変さを身にしみて感じるようになった。子どもがいたらもっと大変だったであろう。 それにお祖母ちゃん子で育った美月ですら多喜の気難しさや頑固さには、辟易したものだった。嫁として多喜と暮らした真弓はどんなに大変だっただろう。 ―私も大人になったし、お祖母ちゃんも亡くなったし、お母さんも私の気持ちをわかってくれるかも知れないー 美月は多喜の訃報に接して思ったのだ。そして、真弓にずっと耐えて来た気持ちを伝えてみようと思ったのだった。 ―お母さん、笑顔でいてほしかったー ―感情的に叩かないで欲しかったー ―もっと公平に接して欲しかったー 美月は実家を訪れ、多喜の葬儀の後、母に本心を打ち明けた。 ところが……。 真弓は烈火の如く怒って言った。 「いつまでそんな昔のことにこだわっているの!」 「お母さんを困らせたのは美月でしょ!」 「お母さんは美月も要も頑張って育てたわよ!」 美月の心に諦めがさあっと流れ込んで来たのだった。 ―わかってもらおうとするから悲しいのよ……。― 真弓はいつもそうだ。「お母さんは一生懸命だったけれど、美月にそんな思いをさせていたのね」と言って美月の気持ちに寄り添ってくれたことが、一度もなかったことが強烈に悲しかった。
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